4.14.2026

VISION CONTROL 4

感情が動かない、とはどういうことか。
ここ最近、仲の良い友人からも言われるし、自分自身でそう感じる。「藤井は感情が動かない、いつもニュートラル過ぎる。」ということ。感情が動かない、心が揺れにくい、というのは「良きこと」「悪しきこと」どちらとも捉えられる。が、今回は「悪しきこと」として書いていく。
多くの現代人は少なからず<社会>で生きていく為の自己精神防衛の為に、自身に降りかかる様々な出来事に柔軟に対応するため、心が揺れないよう心をわざと「閉ざす」。これが<社会>での生き方であり、成長、大人になる、「良きこと」のように思われているふしがある。それは自分もそうで、心をわざと「閉ざす」事で、この<社会>でうまく生きるための処世術を無意識なのか意識的なのか、残念だけど心が揺れないような生き方を身に着けてしまっている。

なぜそうなってしまうのか、これっていつからなのか?は自分の事を話すと分かりやすい。僕の仕事は住宅設備機器の修理やクレーム対応。半分は技術職、もう半分は接客業。クレームが分かりやすいけど、接客業は基本的に「人の感情を受け止める仕事」である。そしてクレームというのは「負の感情」の事が当然多い。これを誠心誠意で受け止め続けるというのは不可能というか、毎日毎年何年もいろんな人間の負の感情を受け止め続ける、にはこちらがある程度防御して自分を守る必要がある。それが上に書いた、心をわざと「閉ざす」であり、いちいち心を揺らさない、ニュートラルであるようにする、の一番の理由だと思う。
これは「仕事(ブルシットジョブ!)」だから、いいものの、プライベートの人間関係において、感情が動かないやつ、ニュートラル過ぎるやつ、ってどうなの!?何考えてるのか分からない、達観し過ぎ、いつも安全圏ポジションにいるように見える、感情が無い人間ってAIみたい、みたいに思うでしょう。
じゃぁその自分に合った処方箋は?と考えると、「建前と本音」の図式を使うしかないのではないかなぁ、、、。つまり、このつまらない<社会>で生きていく為、建前の会話をし心の秩序を保つ。そしてプライベートの人間関係では本音で話す。(これがねぇ難しいんだなかなかできない。相手との関係値もあるし。そもそも関係値ってなんだ、数値化できるもんじゃないだろうし。)
この「本音」側の視座から言えば、建前側に「なりすます」事によって、<社会>をなんとか生きていく。という気持ちを持って生きていく、というメタ的視座を持つといいのかな。
と、ここまで偉そうに言葉にして書いたけど。結局こんなん言葉にしている"だけ"で、偉そうぶりたいだけなんだよね。そんなことより面と向かって相手と本音ベースで話すのってほんと難しいよねえ。それは自分にまだ「感情」が残っているから、なのかなあ。
うーん、ひとまず迷路になりそうなのでいったんここまで。

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↑ここまで事前に書いてたんだけど。
最近、似たような話を友人と話していて。ひとつ、ひらめいたこと。メモ代わりに。おまけ。
色んなモチーフを描く映画を観たり、原作「風の谷のナウシカ」を読んだり(感情のカオス!ナウシカ!)、あまり人には言えない事やったり、まぁとにかくいろいろ、なんやかんやしてても感情が揺れる事があまりなく。うーん困ったなあ。みたいな。
で、最近、新名神高速の伊勢湾岸道を走っていて、ひためいた!!
長島スパーランドのジェットコースター!僕はねぇ、人生でほぼジェットコースターを乗ったことがない。ビビりなので。なので長島スパーランドのジェットコースターも当然経験無いわけで、あの強烈なジェットコースターを乗って大絶叫する。完全に荒治療な処方箋かもしれないけど、ジェットコースター → バンジージャンプ → スカイダイビング。この流れで大絶叫と生死の境界線を行き来することによって感情の劣化からの回復及び、内からエネルギーが湧き出すきっかけになるのではないか。
なんて事を友人と話していた。くだらないかもしれないけど、結構いいアイディアなんじゃないかなと思っている。どうかなあ?

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最後に。以前、兵庫県加西市が誇るショッピングモール、アスティア加西の屋上を使っためちゃくちゃ楽しいイベント、Kasai Rooftop Party vol2に出演されておられたLea Thomasさんのアルバム収録曲のなかで一番好きな曲。
またなんか思いついたら、こうやってだらだら書きます。

3.31.2026

『現代戦争論 ロシア・ウクライナから考える世界の行方』

お久しぶりです。すぐ本題。

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 深堀TVの小泉悠氏をゲストに迎えた『現代戦争論』をテーマにした議論で、俯瞰した戦争観ではない生々しい情報を聞き、改めて震え上がって怖くなってしまった。

動画の後半は有料パートだけど、前半部分だけでも聞いてほしいし、著者の新書『現代戦争論 ロシア・ウクライナから考える世界の行方』も是非。

YouTubeリンク↓

小泉悠氏生出演!『現代戦争論』(2026年3月16日20:00~生放送・前半パート)

首都モスクワや都市圏の人々と地方での認識のギャップ。地方でこれだけの死者数が出ている戦争なのにも関わらずロシア内で反戦キャンペーンが少ない理由は、僕らの一般認識ではふわ~っとロシア政府による情報操作のせい!などと思っていたけど実態は違った。「地方で起こっているだけの小さな衝突」くらいの認識で多くのロシアに住む人々は感じている。そして「遠くで起きている戦争」という認識で、露宇戦争を日本に住む僕らも感じている。

とても悲しい現実だけど、戦争で死んでいる兵隊の多くはモスクワのような都会ではなく地方からの志願兵。地方で仕事が無いがゆえ家族のため金のため仕方がなく兵隊となる。そして多くの兵隊が死んでいく。生まれたところ(場所、親)によって「格差」ゆえ「格差」に張り付けられ「格差」に殺される。

この「格差」に殺されるという構図、既に僕たち日本人も日々の生活の中で感じ取っていると思う。(何でもかんでも高すぎるって。マジでもう嫌になるほど金が無い!)乱世となっている今、僕らの世代、そして次の世代(息子たち!)はこの逃げ場のない「格差」に殺される事になるんだろうか。

先日、友達と話していた。人類の月への移住計画、という近未来の話。

月への移住は金持ちが行くわけではない。私たちが開拓民として月を耕しに行くのが先だよ。金持ちは豊かな地球に残り続ける。都会から地方への疎外。地球から月への疎外。

10.26.2025

INFRAMINCE Ⅱ

前作◆

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今作 Ⅱ

INFRAMINCE Ⅱ アンフラマンス Ⅱ

「物質界にいながら、可能なかぎり非物質界に近い、その寸前に留まることを指した言葉。現実と非現実の境界の薄さ(厚さ)を測る単位。」





tracklist
#1 Old Softy - Heavy Fog
#2 せせらぎ
#3 Yasmin Williams - I Wonder (Song for Michael)
#4 Indigo Sparke - Colourblind (Castle Demo)
#5 M.SAGE - River Turns Woodley (for Frogman)
#6 C418 - Click
#7 Fluorescent Heights - Underwater Sequence
#8 Balam Acab - Big Boy
#9 Airhead - Autumn
#10 Steve Good - Folding Inwards

2025年10月制作

9.10.2025

VISION CONTROL 3

前回の投稿で、「閉ざされの社会」で生きていくしかないのか?斜に構えたニヒリズムに陥るしかないのか、否!という事を書いた。

これに関して補足と追記をしていく。

「閉ざされの社会」で生きていくしかのないのか?否!同じ「開かれ」を共有する仲間と共に生きていけばいい、という現状の答えを前回に書いたが、これは「開かれ」を共有する仲間と共に「閉ざされの社会」から一緒にお先に脱出しちゃおうまぁ後は知らないけど、という、これすらもニヒリズム(メタ的に)の罠に陥っていると言える。

このメタ的ニヒリズムのマトリョーシカの罠に僕らはいつまでも捕らえられてしまうのか?

それへの対処としては「閉ざされの社会」から脱出すればいい、が、いつでも帰られる自分のルーツを持つ。「閉ざされ」と「開かれ」の境界、淵に立ち続けるという事。<根をもつこと 翼をもつこと> これは見田宗介(=真木悠介)先生の言葉。物事を一面で捉えるのではなく、必ず反対側からも捉える。その上で両方の視座を結合すると、新しい第三の視座が生まれる。これが見田宗介先生の仰る「高原を見晴らす」という事であり、今の自分の思考全体を包み込んでいるような教えとなっている。自分がまだまだ未熟で、書いてる事は立派にみえても体験が伴っていないため、とても抽象的な捉え方しかできていない。これからの自分はもっと体験と実践をしていく必要があると思っている。


少しベクトル違いの脱線をするが、ニヒリズムといえばね。自分も随分と長い間ニヒリズムの落とし穴に落ちてしまっていた。

それは文化的コンテンツ(本、映画、音楽、絵画など)を「分かってる、知ってる」という自分への嘘や誤魔化し、それによって得られるその場限りの見栄と偽物のプライドゆえに、他者に向けた斜に構えた態度である。

それが、今年のはじめ、そういった虚構のプライドの粉砕、そしてニヒリズムという名の落とし穴からの脱出(救済!)を実感したエピソードがあった。

映画『シン・レッド・ライン』テレンス・マリック監督、を今年のはじめに観た。正確には人生2回目の鑑賞。この2回目というのが重要で。とても仲の良い友人から「藤井君、シン・レッド・ライン観た方が良いよ!」と言われた時に自分は、高校生くらいのときに1度観た事あるんですよねぇ、と言って、その友人からは「それでも今の感性でもう1度観た方がいいと思うけどなぁ。」と言われていた、というエピソードがあって。

それで今年はじめに人生2回目の『シン・レッド・ライン』を鑑賞。映画の内容はさておき、自分の「分かってる、知ってる」という嘘や誤魔化し、他社への見栄と偽物のプライドがいかに愚かな事なのか、カッコ悪い事なのか、といった事をもろに喰らって、完全に貫かれ、串刺しになってしまった。映画鑑賞後は、その愚かなプライドが粉々に粉砕し、涙がぼろぼろと溢れた。(それをきっかけにして、最近映画見てもよく泣くようになった。前まで全然泣けなかったのに。これはただおっさんになっただけか!?笑)その後友人には電話で感謝を伝えたけれども、改めてここでも感謝を伝えたいと思います。いつもありがとうございます。


4.08.2025

拵え物(こしらえもの)

通販で買った音源は特に、最後は棚には残らない。今回かなり処分したけど、残したものには買い方、買った人、買った場への記憶、そのストーリーを思い出すゆえ、大切にしたい、自分の記憶と心に引っ掻き傷を残した作品。だけが、棚には残る。

それ以外の通販などで買ったものは、全て「自己のホメオスタシス」であって「所有欲」「自己を支える、と思い込んでいるだけな拵え物のルーツ」でしかない。

収集、コレクション、などは拵え物の掲げる精一杯のトロフィーでしかなく、外から見れば輝かしい一方で中から見れば空っぽなトロフィーでしかない。

とまぁ「自己のホメオスタシス」などとカッコいい言葉使って書いてみたが、今回レコード売った理由なんて、外遊びし過ぎて「お金」が無くなってきた事を「所有欲」が無くなったなどと言って正当化したいだけなんですけどね、、、。

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