11.22.2024

雑記集7

自分の髪の毛は気持ち悪くないのに、その自分の髪の毛が抜けた場合、自分の髪の毛なのにも関わらず気持ち悪さが出る。自分のものでは無くなった抜け毛のビジュアルの気持ち悪さ。市民プールの脱衣室の生理的な気持ち悪さに通ずるかもしれない。まぁ自分は常時坊主なので、これは人から聞いて妙に納得した話。髪が抜けると自分のものではなくなる。
---

「人に迷惑をかけないように」の迷惑とは何か。そしてそれを迷惑(不快)と感じるかどうかは受け手側の感情でしかないわけで。

↑もっと考察してアウトプットしていきたい。また後日。

---
はじめまして。お仕事何されてるんですか。趣味は?特技は?ええ、そんなお見合いパーティーみたいな分かりやすいプロフィール欄がないと会話できないのか。それは本当にその人と同じ空間同じ時間を共有して会話しようとしているのか。
---

殺人犯の親に自己を重ねる。

職場で昼飯時、NHKにて兵庫県で起きた小学生を2人殺害した服役中の男が別の事件にも関与していた、というニュースをやっていた。

そのニュースを受け職場の人達は「こんなやつ死んでほしい」というような事を言っていた。直球ストレート、俺も同じ年代の子供がいるからわからないでもない。が、それを言っているポジションがいつもあくまでも被害者からのポジションでしかなくて。殺された子供の親への遺族への感情移入、だけで終わってる。俺たちは加害側になりうる場合も当然ある。つまり、殺人犯の親になって考えてみる、という事。

「考えてみる」とは書いたけど、「考えてしまう」かなあ。

以前みた映画「ニトラム」でも主人公ではなく主人公の父親にとても感情移入していた。

https://kuromura.blogspot.com/2024/10/nitram.html

↑この、考えていくなかで、その思考を書いていくつもりでおったけど、うーんなんか集中力が続かなくなったのでまた後日改めて。

---

全体的に中途半端な内容となってしまった。

最近聴いてよかったやつ貼ってお茶を濁す。ストーリー性が良し。


11.07.2024

VISION CONTROL 2

前回のVISION CONTROLはこちら。(こう書くと海外ドラマの最初っぽくなるな。)

7時に起きて仕事モードとなる。平日がだいたい19時に仕事終わるとする。

そしたら大体12時間が仕事モードとする。1日24時間の約半分、それを長期目線で見るならば人生の約半分は仕事の時間となるな、という話題となった。んじゃー果たして本当にそうなのか?問題を書いていく。


上の話だけを聞けば、「人生の約半分は仕事。あとの半分がプライベート。プライベートを重視!とはいえど仕事あってのプライベートであり遊びであり、仕事がなければプライベートも無いよね。」というようなありきたりな”普通という名のシステム”に囚われた言葉、なんだか聞いたことあるような言葉。そういうおもんない事を言わないようにしていく必要がある。

24時間のうち12時間は仕事、であるならば確かに時間としての12時間は24時間の半分、それは間違いない事実。しかし人は本当に時間の流れを半分に感じているのか?ここからは時間の流れを感じるための意識の部分の話になってくる。


例え話をする。

・私は今、信号待ちをしている。あれれ、なんか今日の信号なかなか青にならないな。え!マジでいつまでたっても青にならないぞ、あ、今なった。なげー。なんだこれ。

・私は今、時計の秒針を見ている。それはG-SHOCK的なデジタル時計かもしれない。どちらにしても見ている(意識した)スタート地点によっては1秒の流れがやたらと早い、もしくはやたらと長い、気がする時がある。

・私は今、めちゃくちゃ忙しい。やることがいっぱいだ。午前中のうちにこれだけの事をやらなければならない。あ~やっと終わった。え!午前中こんなに動き回ったのにまだ12時?午後もこんだけ時間あるのか、なんか得した気分。(もしくはまだ動かなければならないと、どっと疲れる)どちらにしても日常に比べるとなんか時間の流れが違うなあ。

・私は今、とても楽しい遊びをしている。(ここからは上の例と同じ)


こういった例え話、誰しもが感じた事があるとは思う。今回の鍵(キー)はここにある!気(キー)がしている。

話を戻す。24時間のうち12時間は仕事。それはそうだ。しかし残り12時間、さらに完全休日の12時間。遊んでいる時の12時間、信号や時計を凝視し続けているだけの12時間、ドラゴンボールの精神と時の部屋にいる時の12時間、人は果たして12時間の流れ方は同じ感覚で捉えるか?違う、と断言できる。となると、上に書いた「12時間働くならば人生の約半分は仕事」という暴論は崩れることになる。よっしゃ〜!となると、俺たちはどういった意識をもって仕事の時間を向き合えば楽しく面白く幸せマインドになれるのか?が分かってくるような気がしてくる。

「人生の半分は仕事」というのはあくまで時間を平面的、ただの数字としてしか意識できていない。時間は流れ続けているという概念である。その流れを意識し知覚しうるのは人間の頭の中だ。植物が感じる12時間と人間が感じる12時間は違う。細かく言えばキリはないが、昆虫(の中でも昆虫によっても)と人間でも違う。これは「環世界」という言葉で言い表せる事ができるけどもあまりに寄り道となるので「環世界」に関しては詳しくは調べてもろうて。とにかく時間の流れは一定ではない、という事が言いたい。

これを前提として、幸せマインドになるためには?

仕事の12時間というその仕事への意識をもっとゆるやかにピントをずらしてボヤかしていく。ピントを合わせるのはあくまで残りの12時間であり、もっと言えばそのピントをボヤかせた状態を続けて仕事の12時間なのか、残りの12時間なのかの境界線を曖昧にしていってみる。


そして時間のピントをボヤかせられたなら、ここからまた別のイメージも描いてみる。仕事が12時間、残りが12時間、という半分ずつのイメージ(図左)ではなく、24時間自身の生活を中心とした円の周りを”稼ぐ”という動詞が衛星のように回り続けているイメージ(図右)をしてみる。あくまで生活が中心だ。12時間仕事をしているから残り12時間が自身の生活というイメージになると大変苦しいことになる。あくまで生活という円も周りに全ての事象(図には稼ぐと遊ぶだけを書いた)がぐるぐる回っているイメージ。そうすれば24時間全て自分の生活だ。その生活にただ”稼ぐ”という動詞が仕事というラベルを貼られて漂っているだけである。

仕事っていうものは厄介だ。すぐに俺たちは囚われてしまう。だからこそこのイメージ図を忘れないようにしていきたい。これが仕事に囚われないようにする為のサバイブ術である。

ちなみにこれを書いている俺は職場のPCでキーボードカタカタと書いている。囚われているのは誰だ?俺なのか?いやまだ多分大丈夫。油断したらすぐに囚われるぜ!

では今日も囚われないようご安全に。


11.06.2024

雑記集6

11月初めての更新。寒いな。忙しくしている基本仕事で。寒くなると忙しい。いやだなーずっと暇人でいたいのに。。。まぁ暇人っぽく振る舞えられたらいいか。なのであまり更新できなさそう。営みとしてできるだけ書くとして。なんか書きたい事結構あった気がするんだけどなあ。忘れっぽいな短期が特に。また思い出すでしょう。あーそれにしても寒い特に夜が。焼酎湯割りにしようかなあ。
---
自然や街並みの大きな風景を見て感動するという事は、大人に比べると子供はあまり感じないような気がしている。自分の周りに子供がそんなに多くないからデータとしては少ないけれども。
それはなぜか、を考えていた。
それは大人に比べて子供のほうが圧倒的に普段から遠い(もしくはとても近い、深い)目線、広い世界を見ているからだろう。だからこそ大きな風景を見ても感動が少ない。逆に大人は普段とても狭い世界を見ている事のほうが多い。それは社会的な狭さでもあるし、悩み事のような心の狭さでもある。がゆえに大きな風景を見て一時的な解放の場に感動しやすい。
---
仕事中の昼飯なんだけどね。外食することもあるが毎日はお金がもたないのでスーパーでお弁当、時間が無ければコンビニにする。んじゃコンビニのときに何をセレクトするか。できるだけ汁ものは欲しいんだ俺は。いつも身体の内側を温めておく必要がある。んじゃカップラーメンか汁のみのやつになるよね。それプラス、ベターはおにぎりだろう。そのおにぎり何にしようか。俺は迷わずいつも赤飯おにぎり。なんでだろう、いつも赤飯を選ぶね。今日もうまいな赤飯mgmgしながら適当に書いてみたmgmg。