8.30.2024

金を稼ぐ方法など何だっていいという話:子供へ伝えたいこと

職場の後輩との会話。

今度の休み何するの?「朝モーニング行って近所に新しくできた歯医者行く予定す。」

へ~近くにできたん?「その歯医者みんなギャルらしいっす。」

笑!歯科助手さんがってこと?ってことは先生がギャル好きなんかあ。「でしょうね。」

暇だからそのギャルがなんで歯科助手になろうとなったか、そしていつからギャルになったのか考えようや。まず歯科助手になるにあたって資格というか普通に学校行ってなろうでなれる職業じゃないもんで、じゃぁ大学?専門?みたいなの行こうとなるわけでということは18歳の時点ではそういう職業へ就こうと考えなければならない。その時その子はギャルなのか?大学行ってから志し始めたなら20以降からギャルなのか?もっと前16歳くらいからギャルであってギャルから歯科助手を志し始めたのか?ギャルが先か、歯科助手が先か。「歯科助手なってからギャルなったんちゃいます?」そしたらやっぱその歯医者の先生、相当ギャル好きなんだね。

みたいな話を後輩としていた。そしたら事務の女性が「多分、歯科助手とかになるともっと早いですよ。高校2年生くらいから最近の子みんな進路考えてそこから大学選んだりしてるから。」その女性のお子さんは大学3回生なのでそれこそかなりピンポイントの話題だったっぽい。それを聞いて俺は、みんなそんな高2の時点から将来の事考えてるのか立派だな~、とはいえせっかく何でもできる時なんだからもっと遊んだりすりゃいいのに思うんすよね、そんな進路やら就職の事考えて悩んでる時間いる!?みたいな事を言った。そこからどういう話の流れか忘れたけど「不登校の子もいるしね〜。」とかいう話題になったもんだから、まぁそれもその子が社会に溶け込むの苦手なだけで才能すよ。という話もしていた。


で、前置き終了。ここからが本題。


進路や大学の話をしたときに、じゃぁ自分はと考える。自分の場合は18歳の高校卒業後に京都へ来た。高校時代の話はまたいつか書くとしてとにかく大学やら仕事とかじゃなしになんとなく京都だった。東京ではなかった。もう当時の頭の中は曖昧だけど、広島から東京は距離が遠かった。(広島の親から感じる距離感。)じゃぁ大阪か京都だった。大阪の音楽関係の専門学校を高3の時に受けた事があった。なんか作文?みたいなの送るだけみたいな感じだったけど、マジでゴミだったのでその当時好きだったハンガリーのバンドEktmorfやブラジルのSepulturaについてのみ書いた作文で、しかも当時の担任から相当嫌われていたため推薦状?を書いてもらえなかったらしく(ごめんけどその辺よくわからん)普通に落ちた。だからその当時は大阪は諦めたんだろう。父親が京都の立命館大なので学生の間は京都住んでいたからなのか、なんか知らんが京都なら安心感があったらしく、高校の時の友人(同じくフリーターとして)も京都行くとかだったので京都にした。

そこからフリーター生活。で、転々として今の職場。今の職場はもう15年ほどになる。転々としてた時のこともいつか思い出しながら書くとして。こんなことはまぁよい。

今年、自分は離婚した。子供は8歳。子供が18歳になったときの事を今考える必要などないけど想像して楽しむ事はする。子供は元妻と一緒に住んでいる。ありがたいことに今は月1頻度で遊ばせてもらっている。で、息子がいつまで遊んでくれるかはわからないけど、とにかく息子に伝えたいこととして。上で事務員さんとの会話の中であった「不登校」の話。息子はどちらかといえば学校に馴染みにくいタイプである。俺もそうだったし、元妻もそうだったみたいだし、まぁそりゃそうなるだろう。馴染みにくいかつ離婚きっかけに転校したもんだから余計にだろうから、申し訳ないとは思っている。とはいえ学校生活に馴染みにくいのはそりゃもうどうしようもないわけ。それが本人の素質だ。親が手出し不要だと思っている。不登校になったらなったで孤独な時間が増える。その孤独な時間をどう使うか。その子次第。だけど、そこの部分は親が教えてやる事ができる。学校に仲良い友達がいない、など。そりゃ寂しいけども、息子いわく「学童で仲良い女の子の友達ひとりいる」と言っていたし、仲良い男の友達と仲良い女の友達ひとりいれば充分なんだよとその時は伝えた。これは伝えたいとても大事な事なので何度も伝えたい。で、仮に息子が今後学校へ行きにくくなったとする。18くらいまで行きにくくなったとする。ここからは妄想だけどさ。息子には街へ出てほしい。大学へ行きたいと本人がいうなら行けばよいけど、18まで学校ほぼ行ってない、自分は半分くらいは行ってたけどまぁボンクラだったので条件同じだ。んじゃ大学じゃなくて仕事するしかない。仕事するなら街へ出て仕事やればいい。おそらくその頃も自分は京都へ住んでいる。家賃しんどいなら俺としばらく住めば良い。稼ぐ方法なんて、18までしっかり学校いって大学いって就活して、以外の方法なんて沢山あるし、むしろそのルートしか無いと視野を狭めている子ばっかりだ。そんな事は無いよ、俺がそうだから。街へ出ていろんなもん見て人と出会って、そしたら仕事あるし仕事で金稼いで生活しながら遊びまくってまた人と出会って。やりたい事増えていけばいい。まだこれは伝えられてない。今から徐々に伝えていければいいと思っている。なんでも良いんだよ金稼ぐ方法なんてもんは。今を生きる事が一番重要。

俺から子供へ伝えたいこと、忘れっぽいので頭ん中そのまま書いた。

8.29.2024

雑文集2

 職場の会話(聞こえてくるだけ)、やれ「NISAが」とか「台風が」の話題ばかり。「NISA」についてはまた今度書くとして。今回は台風というか気候というか、芸能というか、世間の話題一般の話で思うことだけど。最近特に「台風がこういう動きしてくるらしい」や「地震がいついつヤバいらしい」など、らしいが多くて。で、そのらしいのソースがNHKみたいなのならまぁまだしも。それYouTubeやSNSからだったりしないか。所謂デマ憶測がもう常に蔓延っているし、それを疑いもせず当然かのように飲み込み日常会話に入れていく人々。そのデマ憶測に煽られ不安になる人々。足の引っ張り合いのようにも見えるし、それを引いて見てしまっている自分がどんどん浮世離れしていくのも感じる。スマホ時代からインターネットが世に普及しまくり、今までのインターネット人間だった層の居場所が無くなりつつあるのか、それとも俺が天邪鬼なだけなのか。たぶんそうだろう笑 遂に俺達のインターネットもマッチョでスノッブな奴等に支配されてしまった。

つーか、台風のせいなのか雨のせいなのかしらんけど、2日連続で寝坊した。ぎゃー。なんかアラーム聞こえなくなるんだよこういう日。昔から。シャワーを会社で浴びる日々。

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街遊びは平日がいい。週末はできるだけ遠くへ出かけたい。週末の街はそりゃ賑やかなんだけど、どことなく群れ感が漂う。苦手な人らが増える日。平日の夜って孤独な人間がコソコソ遊んでる風で心地良い。だから週末もコソコソしようとすると遠出がよいとなる。車で色んなところへコソコソ遊びに行きたいといつも思っている。

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フィルムで撮るとその瞬間瞬間が写ってると感じるしよい。

「選んでへんからね。」と仲良い友人が言っていた。そこに選ぶという人の意志や意図が感じないからよいと感じるのかも。

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先週末のDoltzさん@UpsideDown圧倒的だった。

今年は何度かレイヴの屋外で観たけど、今までのアクトで1番感じました。ありがとうございました。


8.22.2024

ROBO ZOMBIE

SNS上で見ず知らずの他人からコメントを頂戴する話。
例えばInstagramへ投稿したときにフォロー外の他人からコメントを頂く時があると思う。自分はごく一般的な個人アカウントでしかないがそれでもネットの海へ放流している投稿のためか、たまに腐すようなコメントを頂戴する時もある。
ここからが本題。何故、そのような人達は見ず知らずの他人の投稿へ腐すような(もっと酷い人格否定のような場合も)コメントをするのか。「しょーもな、きしょ!」でブロックして終わらせることもできるが、それじゃ面白くないからそいつらの事を少し分析していく。

そのような人達(以下、腐ったゾンビ)は自分以外の全てのアカウントをAI(ロボット)が投稿したものだと思い込んでいる。腐ったゾンビは相手がロボットだと思い込んでいる、ゆえに見ず知らずの他人への投稿へ挨拶も無しに言いたい事をそのまま伝えてくる。なんて無礼なやつだろう。現実世界でそれができるのかい?企業アカウントや著名人アカウントへの無礼なコメントもどうかと思うがそれなりに理解はしようと思う。がしかし、どうみたって個人アカウントへ腐ったゾンビ共は無礼なコメントを書き込んでくる。相手は全てロボット、感情を持たないと思い込んでいる。俺達はネットニュースなのか?人間である。これは現代病だ。国道沿いにあるチェーン店へ行ってみるといい。注文は全てタッチパネル、配膳はロボット、支払いも対人無し。車の運転は自動運転が当たり前。コンビニ店員さんは人ではなくロボットなのか?その店員さんがいるから俺達は買い物ができるんじゃないのかい。そうして対人コミュニケーションの欠落社会によって産まれた奴等が腐ったゾンビ共である。

腐ったゾンビが他人のアカウントにコメントする時、腐ったゾンビが期待していることがある。腐ったゾンビは相手がロボットだと思い込んでいるのにも関わらず、相手のこころを揺さぶり感情を出して来る事を期待している。腐ったゾンビは感情を持たないはずのロボットから感情を出させようとコントロールしてくる。醜悪の極み。しかし俺達はこいつらに対しての対抗手段がある。

それは腐ったゾンビよりゾンビになる事である。奴等より頭をバグらせる。そうすると奴等は怯む。「げ、何こいつ。関わるとやべぇ。」と思わせる。そして腐ったゾンビがやってきても、自分のこころの水面を波打たないよう、できるだけこちらがロボットになってやる。腐ったゾンビは俺達のことをそもそもロボットだと思い込んでいるわけだし、じゃぁロボットを演じてやる。できるだけバグってるロボットになってやろう。ロボ・ゾンビになれ!
ロブ・ゾンビみたいだな。

では、こころの水面を波打たないロボ・ゾンビになるためには?キーワードは「バランス」だ。これはまた後日書く予。

VISION CONTROL

引越ししてから数ヶ月。

平日出勤の時にエレベーター前でよく会うマダム。最初は挨拶くらいだったけど、少しずつ打ち解けていき今ではエレベーターが1Fで停まるまで話す仲になった。今日は「最近カメムシまた増えたね、この子ら小さいわねぇ。まだ子供かな。」とまさかカメムシに対してそんな優しい目線をお持ちなのか!となった。団地内の同フロアで軽く話す仲なのは3〜4名ほど。意識してやってるわけじゃないがこれは自衛にもなる。集合住宅でのトラブルなんてものは「顔が見えない相手」だからこその苛つきから生まれる事が多いと分かっている。日々の生活での他人への苛つきなんてほぼそうだろう。車が1番分かりやすい。ゆえに会ったときは挨拶、感じが合うなら少し会話など、するだけで快適に過ごす事ができるし、シンプルに気持ちが良いものだ。

そしてこの自衛をする為に大事なのは「自分や今の状況、相手との関係性などを、俯瞰して見ること。」だろう。これにはそれなりに修行がいる。これは自衛にもなるが、何より日々の生活が豊かに感じ取れるようになる。例えば飯を作り食べている自分を俯瞰してみる。どうだASMRを使ったYouTuberになった気分になるだろう。そしてそれを俯瞰しているからこそ自身のYouTube動画を自分が見て楽しんでいる状態になれる。そうすると飯が当然うまく楽しく感じる。というわけ。子供の頃から割とこれはできていた。テレビゲームで遊んでいる時めちゃくちゃ上手くいってて脳汁出ている状態のとき、あの時の俺は「ゲーセンでめちゃくちゃ注目されてみんなから応援されているやつ。もしくはTVチャンピオンのゲーム王みたいな存在。」になれていた。

8.20.2024

雑文集

 最近思いついた雑文集
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対面や電話なんかより文章での会話のほうが脳だけを使ったピュアな会話になりうるんじゃないかなあ。見た目もなにも関係無い。脳と脊髄だけマンと脳と脊髄だけマンが会話してるSFチックなイメージあるじゃん、あれ。
会ってないから会話ではないか。
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中華丼のうずらの玉子がいちばんうめえ。
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独りで思考を廻らしていくと世界に対しメタ認知的となるが、人と関わっている時はその相手との関係だけが全てという具合にとても狭い認知となる。
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「今週も月から金までいろいろあったなぁ〜。」って思いだす週末を毎週作っていこう、くらいの間近な目線だけでよい。もしくは1ヶ月、MAX半年。数年先は何も分からないから。
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子供たちにはできるだけ長く子供のままでいてほしいと願う。子供が身体的精神的に成長(大人になるというのか?本当に?)の競争をしているような世間の様子って、嫌いなんだよな。



Many Classic Moments

以前に書いていたメインのブログ<リンク>から、こちらをメインにしていきます。理由はLivedoor Blogがいつまであるかわからないため。こっちはGoogleだからね。長い物には巻かれていくスタイル。というわけじゃないけど。広告も無いしね。
以前のBlog「黒ログオリジナル」は投稿見ると2005年に書き始めていた。約20年前。もともとはホームページビルダーで「黒村」っていう掲示板やチャット部屋だけ置いてるようなまさに中学生が作りそうな個人HPを中学生のとき作って。そのブログだから「黒ログ」って名前にして、ネット上でBlogブームがきて名前被ってるBlog発見したからオリジナルって付けて。「黒ログオリジナル」みたいな。これぞまさに黒歴史。隠してないけど。まぁそんなこといいか。このBlog「黒村海溝」は黒ログオリジナルと並行して、当時買ったもの観たものなんかのメモ代わりに使おうかなと開設した。「黒村海溝」って名前の由来は「日本海溝」から。インターネットアングラサイトと言えば、っていう。知ってる人いたら握手。これを機にBlogタイトル変えてもいいんだけど、まあいいかでそのままいきます。
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久しぶりにBlog書いてるからもうちょい書いていく。文章を書くのは好きだ。得意ではないし、構成も下手くそというか特に勉強して書いているわけでもないので、頭で流れていることをそのまま書いているだけだから。TwitterはXになったくらいから見るのも書くのもやめてしまった。疲れた、とかじゃなくて広告多くて見にくくてさ。フォローしている人だけみたいんだよ俺は。Instagramも同じこと言える。けどインスタの更新はしてる。自身の記録になるから。またここらへんも細かく書いていきたい。Blogは好き勝手書けるからよい。インターネット最深部の雑記。(と勝手に思ってる。)
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また近々、思いついた事など。書いていく。
いつもありがとうございます。
最近聴いて好きだったやつ。完全に念仏。