10.10.2024

「祭りの準備」


「祭りの準備」@自宅
当時新人として出演されていたらしい桂木梨江さん魅力的な方だなあ。



10.09.2024

禁煙のメリットではなくデメリットを語る

ここ最近、禁煙を始めた。あれれ?ちょっと待てよ。俺はこれから一生タバコを吸わない自分の事を「禁煙している」と伝えていくのか?禁煙という言葉はいつか破るから禁煙であり、俺はそもそもタバコをもう吸ってない、ってだけなんだから「禁煙してる」とか「禁煙中」っておかしな言い方だよな。
タバコ?最近、吸ってないよ。昔は吸ってたけどね。。。
これくらいのノリだろう。
喫煙者なのか、非喫煙者なのか。本当にこれでいいのか?タバコ主体の目線だからこそこういう言葉が生まれてしまう。
そもそも俺はタバコに吸われているのか?俺がタバコを吸っているんだろう。俺がタバコを選んで、俺が吸いたくて吸っていただけ。
もう一回言うけど、禁煙してる。と言わない事にした。もう最近タバコ吸ってなくてね。喫煙者なのか、非喫煙者なのか。ではない。タバコを吸うか、吸わないか。ただそれだけ。今俺はタバコを吸っていない。

ここからが本題。
タバコを吸わなくなった時のメリットって話はよく聞くでしょう。コンビニ行かんなって余計な出費減ったとか、口臭減ったとか、飯が美味く感じるようになったとか。(最後の飯に関しては異論あり。たぶんいつか書く。)
とにかくメリットなんて聞き飽きてるわけこっちは。俺はタバコを吸わない事によるデメリットを書いていく。

ずばり「黄昏れにくくなる」これだ。
街や自然の風景や動き、肌に当たる風の心地良さなどに感動して、ぼ〜っと黄昏れる時間。俺がタバコを吸いたくなる瞬間だ。そしてタバコを吸っている間の約5分間。これが大人の黄昏時間なわけ。
でね、タバコを吸わなくなると、タバコを持ち合わせる習慣が無いと、これができない。風景見ながら黄昏れるなんてタバコ無くてもできるだろう、という意見もあるけど。果たして本当に!?
イメージしてほしい。街中で人や電車の流れ、街の流れ、をぼーっと観察して黄昏時間。俺のような中年男性がタバコも吸わずにぼーっとしている。旅の最中、大きな河が見えてきた。雄大で綺麗だなあ。デカさに圧倒される。その風景を俺のような中年男性がタバコも吸わずにぼーっと見ている。わかるだろう?こんなやつ職質対象でしょう。ここにタバコが一本加わると、まったく見えてくるイメージが変わってくる。職質されない、隠れ蓑としてのタバコ。その隠れ蓑が無くなるわけ。ピンチでしょ。これがタバコを吸わない最大のデメリットである。

これを読むと車の運転が上手になる話

10月初投稿になった。ちょい寒なってきた。
ちょっと前に免許の更新へ行ってさ。人生初ゴールド免許!がはは。自分で言っちゃうけど割と車の運転うまい自信あるんだよね。んじゃどうすれば運転が上手くなるのか、ポイントはひとつしかないわけ。簡単だからね書いてみる。その前に、運転してて周りの車にイライラする人、そこからイライラ運転してる人いるでしょう。そういう人にも読んでもらいたい。というか俺からするとイライラする人は運転下手くそなんだよな。
まぁいいか。前置き終わりで、んじゃそのポイントだけど。
ずばり、「車間距離を空ける」これだ。
車間距離を空けると視野が広がる。当たり前のようだけど、ブレーキパカパカ踏んだりして自分のペースで運転できていないような人を見るとまぁ〜みんな車間距離狭過ぎる。車間を空ければ前方及び周りの車のペースに揺さぶられず自分のペースで運転できるようになる。それがこころの余裕に繋がるゆえに運転中にイライラすることが無くなる。ではどれくらいの車間距離が適切か?これは実は明確にある。まず道路状況(制限速度や車道本数)によって前提が変わってくるので何m空けろとかそういう事では書けない。つまり「前方車両がビビりブレーキした時に自分も釣られてビビりブレーキしちゃうかどうか。そのブレーキに釣られない距離。」が適切な車間距離だと思われる。よく見る光景で、前方車両がブレーキしなくていい状況でビビりブレーキ踏んだら後続車が次々にブレーキ踏んでいる光景。あれはね、みんな車間距離狭過ぎるんだよな。まぁとにかく車間距離を空けることは「視野が広がり、こころの余裕が生まれる。車間距離を取れば空間認識力を高めることができる。」と言う事をわかってほしい。これだけ守れば他のドライバーへのイライラも無くなり交通安全に繋がるということ。少しハンドル捌き間違えちゃってもね、車間空けときゃ大丈夫でしょう。よく運転は(自転車や歩いてる時もそうだけど)空間認識が大事と言われるでしょう。ならば車間を空けて認識しやすくしよう。

空間認識が大事っていうのは、車の運転や歩行中だけではない。その時、自分が置かれた状況を把握するという事。「状況を把握」というのはどういうことか。自分の状況を俯瞰してみるという事。車間距離を取ると視野が広がるのと同じ理屈だ。
例えば悩みや不安があるとする。心がモヤモヤしている。視野が狭いと何かよくわかんないけどモヤモヤして気分がすぐれない、だけどどうしようもない、そのまま落ち込み続けるかもしれない。不安と自分と不安と自分の間を延々と反復横跳びしている状態になる。これが鬱となる構造。
しかし自分の状況やこころの動きを俯瞰してみる事ができれば、それはつまり視野を広げて自分をみてみるという事で。モヤモヤの種が見つかり、あれれ?この悩みクソしょーもないぞ。だってこんな広い視野で見ている自分からするとなんてしょうもない事を考えてるんだよ。と一皮剥ける。イメージ的には自分自身を俯瞰するということは自分自身を多重の外側から、つまり社会全体や社会に置かれた自分なんかをメタ的に見ることによって悩みや不安、苦難に対応する事ができる。この事はもっと詳しく書きたいけれど長くなりそうなのでこれくらいで。
ひとまずね、車間距離を空けるとこころの余裕が生まれる。自分との距離を空ければ(俯瞰する。メタ的に見る。)同じようにこころの余裕が生まれる。

ここからが重要。自分自身を俯瞰して観察したり、意識を多重の外へ外へと向け過ぎると、「自分が生きてるこの世界、この社会全てがくだらなく感じるようになる。」という少し困った事になる。
別にまぁそれでもいいんだけど、あまりに社会に溶け込めなくなると生活しにくいでしょう。楽しく生きたいからなあ。できたら快適に暮らしたい。自分が生きてる社会全てがくだらなく感じてしまうと、生きるためのエネルギーがどんどん減ってしまうし、寝ても覚めてもダルいなぁ、とかなっちゃってもおもんないから。社会がくだらないからって理由で自死したくもないでしょう。んじゃこのくだらない社会の外側へ出る必要がある。
社会の外側とは何か?
言葉で表すのが難しいが「こちら側」「あちら側」のあちら側で。「ゲゲゲの鬼太郎」のような妖怪のいる世界かもしれないし、「トトロ」のような森の中の世界かもしれない、ホラー映画のような世界かもしれない。とにかく、この人間が作り上げた人間の欲と損得勘定と効率性などを考えて作り上げられたシステムの社会からの脱出。それは人によっては内的なスピリチュアルかもしれないし、トトロのように子供にしか見えない世界と呼ぶ人もいるかもしれなくて。ただそんなんじゃなくてもっと身近な場所があるだろう?
森だ。森に入ればわかるけど、森は明確に「あちら側」だと言える。人ならざるもの、場所。その象徴的にも思える。規則性ある現代社会をくだらないと思い始めたら不規則性な森へ出かけるといい。減っていたエネルギーが再充電されていくのが分かる。そしてまたここで重要なのは森で再充電したら森から帰ってくること。「あちら側」へ行ったら「こちら側」へ帰ってくること。行きっぱなしじゃだめだ。充電コード挿しっぱなしにしないだろう?あちらとこちらのバランスが重要。となると、「こちら側」である自分の生きている社会がくだらないと思っているままだと「こちら側」へ帰ってくる理由が見出だせない。「こちら側」楽しくね〜もん!のであれば「こちら側」である自分の生きている社会にも楽しみを見つける必要がある。
映画を観て考え思考を廻らせる事か。自炊をして美味しいものを追求する事か。友人と遊んだりして過ごす事か。愛する人と過ごす事か。
「こちら側」の社会がくだらないと感じ始めたら「あちら側」へ行き、「こちら側」に戻って来たいと思える楽しみを見つけ続ける。
そうすればこちらもあちらも行ったり来たりできるようになる。
「あちら側」の最も身近なひとつは森だと思っている。社会の枠からはみ出した場所。俺が森へ行き、森の中のレイヴパーティーへ遊びに行っている理由はこれなんだろう。車でできるだけ遠くへ行くのが好きなのもたぶんこれで。できるだけ「あちら側」へ行きたいんだよな。よし、一緒に森へ遊びに行こう。そうすればお互いの見ている世界と時間軸が合ってくる。俺は「こちら側」の楽しみを見つけ続けていきたい。

9.25.2024

微ウケを狙える小技集

・コインパーキングへ停める時にどんな番号に停める時でも「お、縁起いい番号空いてるな〜。」って適当な事を言う。言い続けているうちに2回目〜3回目くらいから微ウケ狙えます。

・運転中、陽射しが眩しいときに「眩しいなあ」と言いながらサングラスを出す。けど額に掛けておくだけにしておく。

・フライドポテトを食べるときフォークを親指で押さえつける手の形にしてから食べる。アメリカ国道沿いにあるダイナーで食べてる気分になるし、微ウケも狙えます。(参照イメージ図ありません)

・運転免許の写真を撮ってもらう時に水色の服を着ていく。出来上がった写真が顔面だけ浮いている写真になって、数年間は免許を出すタイミングのとき毎回ウケます。

9.24.2024

金沢旅行で良かったエピソード集

【美術館スタッフさんの腰掛け話】

21世紀美術館へ初めて行った。昼から夕方まで息子と2人で延々と鑑賞していた。こういう時、ありがたいことに息子は嫌な顔せず俺に着いてきてきてくれ楽しんで一緒に鑑賞共有してくれる。いつもありがとう。今回は2人ともがこの作品に特に引き込まれた。

https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?d=5&g=30

薄暗い空間に楕円の黒。その空間そのものに2人共引き込まれ色んな角度から黒い楕円を見続けていた。部屋には美術館スタッフの女性がいる。作品に手を触れないようにだとか、写真撮影への注意喚起するためのスタッフさん。連休なこともありお客さんは流れるように次々と入ってくる。が、俺と息子のようにずっとその場所へ立ち尽くして見ているのは稀だ。そしてほんの一瞬、5秒。それすら無かったかもしれないけどもスタッフさんと俺たち2人だけになった瞬間があった。その時、スタッフさんが「よいしょっと」と言いながら腰を降ろされた。すぐにまたお客さんが入ってきたのですぐに立ち上がる。そのスタッフさんの一瞬の出来事。自分ら2人が完全にその作品に取り込まれておったからスタッフさんは俺たち2人の前ではひとりの人間になってくれた。なのかわかんないけど意識が通じ合ったような気がした。


【コーヒーは外で歩きながら飲むもんじゃない話】

美術館近くを散歩していて見つけた渋めな喫茶店へ。昼間なのにかなり暗い店内、マスターも無口で、店内BGMなど無く振り子時計の音だけが鳴っている。俺も息子も無口なもんだから、そりゃもう静寂 of 静寂。

頼んだコーヒーを淹れながらマスターが言った。「ちょっと余韻を少々いれますね。」砂糖をひとつまみ入れるのが余韻らしい。

その後、店内に女性2人のお客さん。「ここってテイクアウトできますか?」

マスター「うちはそういうのやってないよ。コーヒーは外で歩きながら飲むもんじゃないよ。お店へ入ってくれるなら美味しいコーヒーお出ししますよ。今時、アメリカ式のコーヒーのお店ばかりだから。ちゃんとお店で飲んで欲しいな。どうしますか。」

少し戸惑いながらも入店された。

粋だ。俺はその様子を聞きながらコーヒーをいただいていた。息子はモーニングのトーストをアイスティーと一緒に食べている。砂糖をひとつまみ入れてらっしゃったが混ぜられる様子もなくスプーンも出されないので混ぜずにそのまま飲んでいた。そうすると飲み干す最後に沈殿した砂糖の甘味が感じられて、あぁこれがマスターの言っていた余韻か!となった。コーヒー1杯でこれほどまでにストーリーを感じさせてくれるとは。以前、友人と喫茶店でコーヒーを飲んでいた時に、普段砂糖を使わない友人がこうしたコーヒーは砂糖1本入れた方がうまい、と言っていたのを思い出した。今度からブラックで飲むにしても砂糖を少しいれて沈殿させて飲もうと思った。


【車中泊での息子との話】

1日目は道の駅にて車中泊。初日な事もあり息子はテンションも高くなかなか寝付けずにいた。そしたらお父さんと喋ろうぜ~って言って、普段あまり会えないから小学校の話を聞いてみる。あまり小学校の話はしたがらないんだけど、以前会った時に「学童で仲いい女の子がひとりだけいる。」って聞いてたもんだから最近その子と話してる?などと聞いていた。

「最近は話していないよ。ぼくが急に大きい声出したり、他のみんなからあいつは変なやつ。って言われてから話せなくなった。」と悲しくなる事を聞く。母親にはあまりこういう事言えてないらしい事も。それを聞いて俺なりに伝えたい事を伝えた。

「ぼくは頭でずっと色々な事考えちゃってよくわからんくなったら大きい声出す。そういえばこの前、机に耳当ててずっと聞いていたら教室の音が全部聞こえる事発見したよ。」

なんとなく彼の学校生活を少し想像して、グッときたし、褒められるだけ褒めた。