11.22.2024

雑記集7

自分の髪の毛は気持ち悪くないのに、その自分の髪の毛が抜けた場合、自分の髪の毛なのにも関わらず気持ち悪さが出る。自分のものでは無くなった抜け毛のビジュアルの気持ち悪さ。市民プールの脱衣室の生理的な気持ち悪さに通ずるかもしれない。まぁ自分は常時坊主なので、これは人から聞いて妙に納得した話。髪が抜けると自分のものではなくなる。
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「人に迷惑をかけないように」の迷惑とは何か。そしてそれを迷惑(不快)と感じるかどうかは受け手側の感情でしかないわけで。

↑もっと考察してアウトプットしていきたい。また後日。

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はじめまして。お仕事何されてるんですか。趣味は?特技は?ええ、そんなお見合いパーティーみたいな分かりやすいプロフィール欄がないと会話できないのか。それは本当にその人と同じ空間同じ時間を共有して会話しようとしているのか。
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殺人犯の親に自己を重ねる。

職場で昼飯時、NHKにて兵庫県で起きた小学生を2人殺害した服役中の男が別の事件にも関与していた、というニュースをやっていた。

そのニュースを受け職場の人達は「こんなやつ死んでほしい」というような事を言っていた。直球ストレート、俺も同じ年代の子供がいるからわからないでもない。が、それを言っているポジションがいつもあくまでも被害者からのポジションでしかなくて。殺された子供の親への遺族への感情移入、だけで終わってる。俺たちは加害側になりうる場合も当然ある。つまり、殺人犯の親になって考えてみる、という事。

「考えてみる」とは書いたけど、「考えてしまう」かなあ。

以前みた映画「ニトラム」でも主人公ではなく主人公の父親にとても感情移入していた。

https://kuromura.blogspot.com/2024/10/nitram.html

↑この、考えていくなかで、その思考を書いていくつもりでおったけど、うーんなんか集中力が続かなくなったのでまた後日改めて。

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全体的に中途半端な内容となってしまった。

最近聴いてよかったやつ貼ってお茶を濁す。ストーリー性が良し。


11.07.2024

VISION CONTROL 2

前回のVISION CONTROLはこちら。(こう書くと海外ドラマの最初っぽくなるな。)

7時に起きて仕事モードとなる。平日がだいたい19時に仕事終わるとする。

そしたら大体12時間が仕事モードとする。1日24時間の約半分、それを長期目線で見るならば人生の約半分は仕事の時間となるな、という話題となった。んじゃー果たして本当にそうなのか?問題を書いていく。


上の話だけを聞けば、「人生の約半分は仕事。あとの半分がプライベート。プライベートを重視!とはいえど仕事あってのプライベートであり遊びであり、仕事がなければプライベートも無いよね。」というようなありきたりな”普通という名のシステム”に囚われた言葉、なんだか聞いたことあるような言葉。そういうおもんない事を言わないようにしていく必要がある。

24時間のうち12時間は仕事、であるならば確かに時間としての12時間は24時間の半分、それは間違いない事実。しかし人は本当に時間の流れを半分に感じているのか?ここからは時間の流れを感じるための意識の部分の話になってくる。


例え話をする。

・私は今、信号待ちをしている。あれれ、なんか今日の信号なかなか青にならないな。え!マジでいつまでたっても青にならないぞ、あ、今なった。なげー。なんだこれ。

・私は今、時計の秒針を見ている。それはG-SHOCK的なデジタル時計かもしれない。どちらにしても見ている(意識した)スタート地点によっては1秒の流れがやたらと早い、もしくはやたらと長い、気がする時がある。

・私は今、めちゃくちゃ忙しい。やることがいっぱいだ。午前中のうちにこれだけの事をやらなければならない。あ~やっと終わった。え!午前中こんなに動き回ったのにまだ12時?午後もこんだけ時間あるのか、なんか得した気分。(もしくはまだ動かなければならないと、どっと疲れる)どちらにしても日常に比べるとなんか時間の流れが違うなあ。

・私は今、とても楽しい遊びをしている。(ここからは上の例と同じ)


こういった例え話、誰しもが感じた事があるとは思う。今回の鍵(キー)はここにある!気(キー)がしている。

話を戻す。24時間のうち12時間は仕事。それはそうだ。しかし残り12時間、さらに完全休日の12時間。遊んでいる時の12時間、信号や時計を凝視し続けているだけの12時間、ドラゴンボールの精神と時の部屋にいる時の12時間、人は果たして12時間の流れ方は同じ感覚で捉えるか?違う、と断言できる。となると、上に書いた「12時間働くならば人生の約半分は仕事」という暴論は崩れることになる。よっしゃ〜!となると、俺たちはどういった意識をもって仕事の時間を向き合えば楽しく面白く幸せマインドになれるのか?が分かってくるような気がしてくる。

「人生の半分は仕事」というのはあくまで時間を平面的、ただの数字としてしか意識できていない。時間は流れ続けているという概念である。その流れを意識し知覚しうるのは人間の頭の中だ。植物が感じる12時間と人間が感じる12時間は違う。細かく言えばキリはないが、昆虫(の中でも昆虫によっても)と人間でも違う。これは「環世界」という言葉で言い表せる事ができるけどもあまりに寄り道となるので「環世界」に関しては詳しくは調べてもろうて。とにかく時間の流れは一定ではない、という事が言いたい。

これを前提として、幸せマインドになるためには?

仕事の12時間というその仕事への意識をもっとゆるやかにピントをずらしてボヤかしていく。ピントを合わせるのはあくまで残りの12時間であり、もっと言えばそのピントをボヤかせた状態を続けて仕事の12時間なのか、残りの12時間なのかの境界線を曖昧にしていってみる。


そして時間のピントをボヤかせられたなら、ここからまた別のイメージも描いてみる。仕事が12時間、残りが12時間、という半分ずつのイメージ(図左)ではなく、24時間自身の生活を中心とした円の周りを”稼ぐ”という動詞が衛星のように回り続けているイメージ(図右)をしてみる。あくまで生活が中心だ。12時間仕事をしているから残り12時間が自身の生活というイメージになると大変苦しいことになる。あくまで生活という円も周りに全ての事象(図には稼ぐと遊ぶだけを書いた)がぐるぐる回っているイメージ。そうすれば24時間全て自分の生活だ。その生活にただ”稼ぐ”という動詞が仕事というラベルを貼られて漂っているだけである。

仕事っていうものは厄介だ。すぐに俺たちは囚われてしまう。だからこそこのイメージ図を忘れないようにしていきたい。これが仕事に囚われないようにする為のサバイブ術である。

ちなみにこれを書いている俺は職場のPCでキーボードカタカタと書いている。囚われているのは誰だ?俺なのか?いやまだ多分大丈夫。油断したらすぐに囚われるぜ!

では今日も囚われないようご安全に。


11.06.2024

雑記集6

11月初めての更新。寒いな。忙しくしている基本仕事で。寒くなると忙しい。いやだなーずっと暇人でいたいのに。。。まぁ暇人っぽく振る舞えられたらいいか。なのであまり更新できなさそう。営みとしてできるだけ書くとして。なんか書きたい事結構あった気がするんだけどなあ。忘れっぽいな短期が特に。また思い出すでしょう。あーそれにしても寒い特に夜が。焼酎湯割りにしようかなあ。
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自然や街並みの大きな風景を見て感動するという事は、大人に比べると子供はあまり感じないような気がしている。自分の周りに子供がそんなに多くないからデータとしては少ないけれども。
それはなぜか、を考えていた。
それは大人に比べて子供のほうが圧倒的に普段から遠い(もしくはとても近い、深い)目線、広い世界を見ているからだろう。だからこそ大きな風景を見ても感動が少ない。逆に大人は普段とても狭い世界を見ている事のほうが多い。それは社会的な狭さでもあるし、悩み事のような心の狭さでもある。がゆえに大きな風景を見て一時的な解放の場に感動しやすい。
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仕事中の昼飯なんだけどね。外食することもあるが毎日はお金がもたないのでスーパーでお弁当、時間が無ければコンビニにする。んじゃコンビニのときに何をセレクトするか。できるだけ汁ものは欲しいんだ俺は。いつも身体の内側を温めておく必要がある。んじゃカップラーメンか汁のみのやつになるよね。それプラス、ベターはおにぎりだろう。そのおにぎり何にしようか。俺は迷わずいつも赤飯おにぎり。なんでだろう、いつも赤飯を選ぶね。今日もうまいな赤飯mgmgしながら適当に書いてみたmgmg。

10.25.2024

「ニトラム NITRAM」




















「ニトラム NITRAM」@自宅 映画.comリンク
96年にオーストラリアで起こった銃乱射事件(ポートアーサー事件Wikipedia)を主題、その犯人を主人公として撮った作品。
めちゃくちゃ刺さった、、、。
自閉的だが世界に意識が向いている息子。同じように世界を向いている父親。それを理解できない真逆の母親。父親以外で初めて出会った同じ世界に入る事ができる異性の存在。

俺は選んで離れて暮らしているから他の親子と比べりゃ時間は少ないけども。息子とできるだけ同じ世界に入り続けよう、そして彼をリスペクトし続けよう、と思った。

インターネットサーフィンとは何か?

スマホ時代になってからのインターネット上での人間の意識をイメージ化してみる。

調べたいことができた、よしググってみるか。あぁ、見つかったわかった。ピントの合っていないふわっとした話題を調べる。あぁ、知恵袋で同じこと聞いてる人いた。なるほど、まぁなんとなく他の人の意見少しわかった。(わかった気がしてるだけ)SNSでアップされている興味をそそられたURLを踏んでみる。ふむふむなるほど面白い。まぁそれだけ。そこから掘ることは無い。以上。
THE 閉ざされたインターネット って感じのする動きなんだよな、どれもこれも。

では、本題「インターネットサーフィン」とは何か?

ダイヤルアップ、ISDN、テレホーダイ、ADSLの時代をイメージ。(イメージできない人は退出してもいいぜ。)このサイト面白いなぁ、興味がそそられる。。。そこのリンク集がまた好きから好きが繋がっていき興味関心が尽きない。うーん、この言葉の意味がわからないな、調べよう。なるほど、そういう意味で使われるのか、となるとこの繋がりある言葉も知りたいな、、、ん、なんだこのホームページ、めちゃくちゃマニアックなにおいを感じてゾクゾクするな、なんだこれは、世の中こんな世界があったのか、もっと調べよう、おぉすげ〜これ自分でも今からやってみようかな、これやるにはここアクセスしてこのフリーソフトダウンロードすればいいのかな、この人こんなこともやってらっしゃるのかカッコいい、あBBSがあるから覗いてみる、あまり書き込みはないけれどお客さんの書き込みに毎回ここの管理人さんがしっかりと返信して下さってる真摯な方だなあ、俺も書いてみようかな恥ずかしいし文章なんて書けばいいかわからないからまた今度にして、リンク集みてみよう、おおこのリンク先のバナーの人かっこいいなこの管理人さんもおすすめされてる行ってみよう。

そう、これが俺達のインターネットサーフィンだ。自分の興味関心、そしてネットの世界に没入している自分自身の意識のフロー、その情報量の流れ。その波に乗り、たまに何も考えずに身を委ねてみるということ。

Instagramここだけ話

フジのお昼の番組、小堺さんの「ライオンのごきげんよう」内のサイコロトークみたいなBlogタイトルになってしまったな。あんなまで不安定なサイコロはなかなか無いよなぁ。あぁまた横道逸れそうだし、ごきげんようは置いておいて。

Instagramで、さらにストーリー機能の部分。ポチポチさくさく手軽だね。てか最近プライベートな投稿ってストーリーにしか上げない感じなんすかね。あれいつからの流れなんだろうね。まぁいいか。ひとまず今日はInstagramのストーリーについて、書きたいことが2つある。


1つ目。

ストーリーの投稿で動画のアップでその動画に音声付いているのは動画だしその動画ファイルの環境音であり、何も思う事はない。が、例えば写真に(((わざわざ)))(わざわざを強調していきたいと思っている)音源を選択して好きな音楽?聴かせたい音楽なのか、その投稿に合わせた音楽なのかを付けているタイプの投稿。あれねえ、シンプルに音がデカい事多くてびっくりするんだよな。動画に付いてる音声や環境音(それはライブ映像などの音も含めて)はそれほど主張してこないんだけど、(((わざわざ))))音源選択しているタイプの投稿の音、ありゃもうほんとううるせー。だってね、Instagramのストーリーはポチポチさくさく流れで見ていくわけでしょこっちは。その時に急にバカでかい音が鳴られるもんだからさ。俺はこうした(((わざわざ)))音源付き投稿をされる方のことを、他者の「音」の部分に対して無粋な人なんだなと感じている。

ちなみにこれを仕事中に職人Wさんと雑談の中で喋っていた。「俺は藤井くんの事よく知ってるから今の聞いてもなんとも思わないけど、人によっては嫌な気分になると思うからあまり言わない方がいいよ。」とアドバイス。そうかもしらん。ただ、ここは俺のUnderground Blogなのでええやろと思っている。


2つ目。

2つ目は美学の話。

ストーリーを投稿する時は多くを語らず写真だけで「凄み」を出していく。

これに関しては実例を用いて説明していく。

まずこの記事。

「世界に一つだけのボク」 SAPAグルメ名物の『アメリカンドッ君』って知ってる?

https://gazoo.com/column/daily/23/03/12/

先日、俺たちはこのアメリカンドックを遊びついでに東名のサービスエリアへ立ち寄り食べにいった。

で、その時の写真をInstagramのストーリーにアップするというシミュレーションをしてみる。




まぁ、ありがちなストーリー。だめだめこんなんじゃ。
ええとね、なんでも説明すればいいってもんじゃない。映画でもさ、やたらと説明っぽいセリフ多かったりして興ざめする映画あるでしょ。せっかくビジュアル良いのにセリフのせいで台無しパターン。俺が言いたいのはそういうことで。
んじゃ「多くを語らず写真だけで凄みを出す」をやってみる。



これだ。
写真だけでも、アメリカンドッ君という存在、そしてケチャップを使って吐血させてみた。というギャグセンスをフォロワーには分かってもらえるはずで。わざわざそれを説明する必要は無い、ということ。説明すればするほどピュアな面白さは減っていく。
これからはストーリーを投稿する前にこの言葉を思い出してみてほしい。
「多くを語らず写真だけで凄みを出す」

10.18.2024

雑文集5

新札の登場により、今までは財布の中のお札の上下裏表を合わせるだけだったのに新旧札でフォルダ分けまでしなければならなくなった。
つまり、2倍(上下裏表)の2倍(新旧)で手間の2乗となった。
こういうところが几帳面なんだ俺は。
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森茉莉さん『貧乏サヴァラン』を読んで。
「楽しい」という事は「楽しもうとする姿勢」、つまり能動的に「楽しい」を見つける、思う、事なんだろう。
受動的な「楽しい」は本当に楽しいの?
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同じ世界に入る、お互いのリズムがシンクロしていく感覚。
会って、会話して、同じ世界に入っていくまでの時間が短い、それはとても仲が良いことの現れだと思う。
同じ世界に入っていく、シンクロしていく。でね、この感覚を誰かに話したとする。そしたら、その2人の関係を「依存」と評価を下し、「あまりひとりに依存しないように。そういう対象は散らばせたほうがいいよ。」などとありがた迷惑なアドバイスをしてくる他人様がいるけど。そう言ってしまう方って、人とシンクロして同じ世界に入るって経験が少ない(もしくは一度も無い)のかなぁと感じる。そしてこの「同じ世界に入る事のできる関係」は決して「依存」ではない、というか「依存」という言葉が適切ではない。「依存」とは自分のこころの揺れ動きを示す言葉であり、2人の関係性を表す言葉としては不適切のように思う。
、、、うーんもうちょっとこれは整理する必要があるし、ここから更に「所有」について書いていく必要があるので。気が向いたら続きを書く予。

10.16.2024

雑文集4

職場で月曜日に水を飲んでいると二日酔いだと勘違いされる。
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頭が回ってない日の出来事。
その数字が何ケタあるのか確認する時、
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん」
って数えていた。
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投票行くんダルいねん、まぁ行くけど。。。
なノリで自分はいつもいる。それくらいでいいと思ってて。たまに浅いやつみたいな認定されるけど、ふーんそうなんですねクソどうだっていい。みんな気にしてる投票率だってさ、これくらいのバランス感覚がもうちょい世の中に浸透すれば自然に上がるでしょ。(でも投票率上がらないほうが都合が良いんだろうね。)当たり前の様に、え、投票行ってないの?投票行こうぜ声を上げよう!と言われても、行かない人らは行こうと思わない。だってダルいやん。日曜だよ投票日。予定があるんだよこっちにだって。投票日だって急に決めやがって、行けるわけないだろう?投票日だからって予定変更したくねーし。みんなさぁ投票が好きなわけじゃないだろう。(投票が好きになっちゃってる人いるけどね。おい目を覚ませ。)期日前投票は前よりやりやすくなったけどね、それでも平日に投票如きに仕事抜けてわざわざ期日前投票行くほどの志し持ってる人どれだけいるんすか。できたらさぁ、期日前投票の期間中は24時間開けておくとかさ、してくれたら行く人(行ける人)増えるって絶対に。その24時間の夜勤の仕事だってさ、やりたい人たくさんいるって絶対に。
とにかくもっと楽に投票させてほしい。投票って言ったらなんかメディア、街全体、会話の中で、一種のイベントみたいなテンションにさせてくるけども、、、。出掛けたついでにもっとサクっとやらせてくれ。今だと投票を目的として出かけなきゃいけないでしょう。

などなど悪口言いながらも、だりーけど今回も期日前投票へ行く。日曜日に遊びたいからね俺は。とにかくそれくらいで良いよ投票なんてもんは。まあ行けるのに行かない選択肢はもっと無いけどね、ただそんな張り切らなくてもいいよ、という事を伝えたかった。

10.11.2024

なぜ銭湯ブームなのかを考える

この前、銭湯いって考えていたんだけど、今なぜこれほど銭湯ブームとなっているのか。サウナブームとも言えるけど、とにかく間違いなく銭湯ブームだろう。お客さん増えたよね?かなり。この何年間か。で、俺わかった気がするんだよね。理由。ずばりスマホだ。
今の時代、老若男女みーんなスマホでインターネット接続されっぱなしの時代。ポケットや鞄に入ってるスマホ。いつ鳴るのか、通知か連絡か。仕事の連絡か、家族からなのか、友人知人の連絡か、気になる人からなのか、メルカリ発送通知か、入金催促なのか、メールなのかLINEなのか。その他アプリの通知なのか。通知じゃなくとも自分からSNSでも見るか。周りが気になるからなやっぱ。情報チェックしないと。音楽聴こうか、ドラマでも観るか。特になんかしたいわけちゃうけどあれれ無意識にスマホ触っているのか。まぁとにかく触ってる時、触ってない時関わらず、現代人の意識はスマホのおかげであっちこっちいってるわけで。スマホが無い時代はどうだった?自分の意識が今ここ、この場所、この時間、目の前のあなた、そしてわたし、わたしが見ている風景、匂い、聞こえてくるもの。現代よりももう少し自分を中心とした半径に近い範囲に意識があったはずで。それがスマホの普及、インターネットの表面化(アングラでは無くなった)によって、全ての社会が繋がってしまったことにより人間の意識が自分から遠くへ離れてしまっている。これは現代病なのか?人間の進化の過程なのか?そこは今回の話では脇に置いておいて、とにかく現代人はそれに疲れてしまっている、という事。

銭湯ブームの話に戻る。
現代では上に書いたような事が起こっている。スマホに疲れている。とはいえ手放す事などできない。では、銭湯に入る時はどうか?スマホを持って風呂場へ入るかい?盗撮とかの兼ね合いもあるゆえスマホ持って入れないはずだし誰もスマホなんて持っていないだろう。風呂場でスマホを(半ば強制的に)手放した人間の顔を見てみよう。みんな幸せそうな顔をしている。銭湯だとみんな優しくなるだろう?普段、外側(銭湯ではない場所)ではあんな険しい顔している人も銭湯では優しい顔をしているし、余裕が出ている。他者に対してもとても親切になる。心と心が通じ合うような気がしてくる。原始的な心の気持ちになる。みんなそうなんだから平和だろう。そこにはスマホが無いからなんではないか?自分を中心に意識が回っているそこに有る、ここにいる、この時間を大切に、であれば共有している他者に優しく、となっているのではないか。

結論。なぜ人は銭湯へ行くのか。半ば強制的にスマホを取り上げられる場所へ行く事によってスマホから解放されたいのではないか。似たような場所だと映画館もそうだろうね。映画館でスマホ触るような不届き者いないでしょう。スマホが触れない、意識が向いていない、からこそ映画館で観ると映画を集中して観る事ができる、ゆえに映画館で観た映画体験というのは自宅では体験できない映画体験となる。

集中する、ということの素晴らしさ、気持ち良さ、を忘れかけている現代人が、集中を求めて銭湯やサウナへ「意識の整い」を求めに行くのだろうか。どうだろうか、仮説となるか、いや俺の適当な思いつきに過ぎないか。

10.10.2024

「祭りの準備」


「祭りの準備」@自宅
当時新人として出演されていたらしい桂木梨江さん魅力的な方だなあ。



10.09.2024

禁煙のメリットではなくデメリットを語る

ここ最近、禁煙を始めた。あれれ?ちょっと待てよ。俺はこれから一生タバコを吸わない自分の事を「禁煙している」と伝えていくのか?禁煙という言葉はいつか破るから禁煙であり、俺はそもそもタバコをもう吸ってない、ってだけなんだから「禁煙してる」とか「禁煙中」っておかしな言い方だよな。
タバコ?最近、吸ってないよ。昔は吸ってたけどね。。。
これくらいのノリだろう。
喫煙者なのか、非喫煙者なのか。本当にこれでいいのか?タバコ主体の目線だからこそこういう言葉が生まれてしまう。
そもそも俺はタバコに吸われているのか?俺がタバコを吸っているんだろう。俺がタバコを選んで、俺が吸いたくて吸っていただけ。
もう一回言うけど、禁煙してる。と言わない事にした。もう最近タバコ吸ってなくてね。喫煙者なのか、非喫煙者なのか。ではない。タバコを吸うか、吸わないか。ただそれだけ。今俺はタバコを吸っていない。

ここからが本題。
タバコを吸わなくなった時のメリットって話はよく聞くでしょう。コンビニ行かんなって余計な出費減ったとか、口臭減ったとか、飯が美味く感じるようになったとか。(最後の飯に関しては異論あり。たぶんいつか書く。)
とにかくメリットなんて聞き飽きてるわけこっちは。俺はタバコを吸わない事によるデメリットを書いていく。

ずばり「黄昏れにくくなる」これだ。
街や自然の風景や動き、肌に当たる風の心地良さなどに感動して、ぼ〜っと黄昏れる時間。俺がタバコを吸いたくなる瞬間だ。そしてタバコを吸っている間の約5分間。これが大人の黄昏時間なわけ。
でね、タバコを吸わなくなると、タバコを持ち合わせる習慣が無いと、これができない。風景見ながら黄昏れるなんてタバコ無くてもできるだろう、という意見もあるけど。果たして本当に!?
イメージしてほしい。街中で人や電車の流れ、街の流れ、をぼーっと観察して黄昏時間。俺のような中年男性がタバコも吸わずにぼーっとしている。旅の最中、大きな河が見えてきた。雄大で綺麗だなあ。デカさに圧倒される。その風景を俺のような中年男性がタバコも吸わずにぼーっと見ている。わかるだろう?こんなやつ職質対象でしょう。ここにタバコが一本加わると、まったく見えてくるイメージが変わってくる。職質されない、隠れ蓑としてのタバコ。その隠れ蓑が無くなるわけ。ピンチでしょ。これがタバコを吸わない最大のデメリットである。

これを読むと車の運転が上手になる話

10月初投稿になった。ちょい寒なってきた。
ちょっと前に免許の更新へ行ってさ。人生初ゴールド免許!がはは。自分で言っちゃうけど割と車の運転うまい自信あるんだよね。んじゃどうすれば運転が上手くなるのか、ポイントはひとつしかないわけ。簡単だからね書いてみる。その前に、運転してて周りの車にイライラする人、そこからイライラ運転してる人いるでしょう。そういう人にも読んでもらいたい。というか俺からするとイライラする人は運転下手くそなんだよな。
まぁいいか。前置き終わりで、んじゃそのポイントだけど。
ずばり、「車間距離を空ける」これだ。
車間距離を空けると視野が広がる。当たり前のようだけど、ブレーキパカパカ踏んだりして自分のペースで運転できていないような人を見るとまぁ〜みんな車間距離狭過ぎる。車間を空ければ前方及び周りの車のペースに揺さぶられず自分のペースで運転できるようになる。それがこころの余裕に繋がるゆえに運転中にイライラすることが無くなる。ではどれくらいの車間距離が適切か?これは実は明確にある。まず道路状況(制限速度や車道本数)によって前提が変わってくるので何m空けろとかそういう事では書けない。つまり「前方車両がビビりブレーキした時に自分も釣られてビビりブレーキしちゃうかどうか。そのブレーキに釣られない距離。」が適切な車間距離だと思われる。よく見る光景で、前方車両がブレーキしなくていい状況でビビりブレーキ踏んだら後続車が次々にブレーキ踏んでいる光景。あれはね、みんな車間距離狭過ぎるんだよな。まぁとにかく車間距離を空けることは「視野が広がり、こころの余裕が生まれる。車間距離を取れば空間認識力を高めることができる。」と言う事をわかってほしい。これだけ守れば他のドライバーへのイライラも無くなり交通安全に繋がるということ。少しハンドル捌き間違えちゃってもね、車間空けときゃ大丈夫でしょう。よく運転は(自転車や歩いてる時もそうだけど)空間認識が大事と言われるでしょう。ならば車間を空けて認識しやすくしよう。

空間認識が大事っていうのは、車の運転や歩行中だけではない。その時、自分が置かれた状況を把握するという事。「状況を把握」というのはどういうことか。自分の状況を俯瞰してみるという事。車間距離を取ると視野が広がるのと同じ理屈だ。
例えば悩みや不安があるとする。心がモヤモヤしている。視野が狭いと何かよくわかんないけどモヤモヤして気分がすぐれない、だけどどうしようもない、そのまま落ち込み続けるかもしれない。不安と自分と不安と自分の間を延々と反復横跳びしている状態になる。これが鬱となる構造。
しかし自分の状況やこころの動きを俯瞰してみる事ができれば、それはつまり視野を広げて自分をみてみるという事で。モヤモヤの種が見つかり、あれれ?この悩みクソしょーもないぞ。だってこんな広い視野で見ている自分からするとなんてしょうもない事を考えてるんだよ。と一皮剥ける。イメージ的には自分自身を俯瞰するということは自分自身を多重の外側から、つまり社会全体や社会に置かれた自分なんかをメタ的に見ることによって悩みや不安、苦難に対応する事ができる。この事はもっと詳しく書きたいけれど長くなりそうなのでこれくらいで。
ひとまずね、車間距離を空けるとこころの余裕が生まれる。自分との距離を空ければ(俯瞰する。メタ的に見る。)同じようにこころの余裕が生まれる。

ここからが重要。自分自身を俯瞰して観察したり、意識を多重の外へ外へと向け過ぎると、「自分が生きてるこの世界、この社会全てがくだらなく感じるようになる。」という少し困った事になる。
別にまぁそれでもいいんだけど、あまりに社会に溶け込めなくなると生活しにくいでしょう。楽しく生きたいからなあ。できたら快適に暮らしたい。自分が生きてる社会全てがくだらなく感じてしまうと、生きるためのエネルギーがどんどん減ってしまうし、寝ても覚めてもダルいなぁ、とかなっちゃってもおもんないから。社会がくだらないからって理由で自死したくもないでしょう。んじゃこのくだらない社会の外側へ出る必要がある。
社会の外側とは何か?
言葉で表すのが難しいが「こちら側」「あちら側」のあちら側で。「ゲゲゲの鬼太郎」のような妖怪のいる世界かもしれないし、「トトロ」のような森の中の世界かもしれない、ホラー映画のような世界かもしれない。とにかく、この人間が作り上げた人間の欲と損得勘定と効率性などを考えて作り上げられたシステムの社会からの脱出。それは人によっては内的なスピリチュアルかもしれないし、トトロのように子供にしか見えない世界と呼ぶ人もいるかもしれなくて。ただそんなんじゃなくてもっと身近な場所があるだろう?
森だ。森に入ればわかるけど、森は明確に「あちら側」だと言える。人ならざるもの、場所。その象徴的にも思える。規則性ある現代社会をくだらないと思い始めたら不規則性な森へ出かけるといい。減っていたエネルギーが再充電されていくのが分かる。そしてまたここで重要なのは森で再充電したら森から帰ってくること。「あちら側」へ行ったら「こちら側」へ帰ってくること。行きっぱなしじゃだめだ。充電コード挿しっぱなしにしないだろう?あちらとこちらのバランスが重要。となると、「こちら側」である自分の生きている社会がくだらないと思っているままだと「こちら側」へ帰ってくる理由が見出だせない。「こちら側」楽しくね〜もん!のであれば「こちら側」である自分の生きている社会にも楽しみを見つける必要がある。
映画を観て考え思考を廻らせる事か。自炊をして美味しいものを追求する事か。友人と遊んだりして過ごす事か。愛する人と過ごす事か。
「こちら側」の社会がくだらないと感じ始めたら「あちら側」へ行き、「こちら側」に戻って来たいと思える楽しみを見つけ続ける。
そうすればこちらもあちらも行ったり来たりできるようになる。
「あちら側」の最も身近なひとつは森だと思っている。社会の枠からはみ出した場所。俺が森へ行き、森の中のレイヴパーティーへ遊びに行っている理由はこれなんだろう。車でできるだけ遠くへ行くのが好きなのもたぶんこれで。できるだけ「あちら側」へ行きたいんだよな。よし、一緒に森へ遊びに行こう。そうすればお互いの見ている世界と時間軸が合ってくる。俺は「こちら側」の楽しみを見つけ続けていきたい。

9.25.2024

微ウケを狙える小技集

・コインパーキングへ停める時にどんな番号に停める時でも「お、縁起いい番号空いてるな〜。」って適当な事を言う。言い続けているうちに2回目〜3回目くらいから微ウケ狙えます。

・運転中、陽射しが眩しいときに「眩しいなあ」と言いながらサングラスを出す。けど額に掛けておくだけにしておく。

・フライドポテトを食べるときフォークを親指で押さえつける手の形にしてから食べる。アメリカ国道沿いにあるダイナーで食べてる気分になるし、微ウケも狙えます。(参照イメージ図ありません)

・運転免許の写真を撮ってもらう時に水色の服を着ていく。出来上がった写真が顔面だけ浮いている写真になって、数年間は免許を出すタイミングのとき毎回ウケます。

9.24.2024

金沢旅行で良かったエピソード集

【美術館スタッフさんの腰掛け話】

21世紀美術館へ初めて行った。昼から夕方まで息子と2人で延々と鑑賞していた。こういう時、ありがたいことに息子は嫌な顔せず俺に着いてきてきてくれ楽しんで一緒に鑑賞共有してくれる。いつもありがとう。今回は2人ともがこの作品に特に引き込まれた。

https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?d=5&g=30

薄暗い空間に楕円の黒。その空間そのものに2人共引き込まれ色んな角度から黒い楕円を見続けていた。部屋には美術館スタッフの女性がいる。作品に手を触れないようにだとか、写真撮影への注意喚起するためのスタッフさん。連休なこともありお客さんは流れるように次々と入ってくる。が、俺と息子のようにずっとその場所へ立ち尽くして見ているのは稀だ。そしてほんの一瞬、5秒。それすら無かったかもしれないけどもスタッフさんと俺たち2人だけになった瞬間があった。その時、スタッフさんが「よいしょっと」と言いながら腰を降ろされた。すぐにまたお客さんが入ってきたのですぐに立ち上がる。そのスタッフさんの一瞬の出来事。自分ら2人が完全にその作品に取り込まれておったからスタッフさんは俺たち2人の前ではひとりの人間になってくれた。なのかわかんないけど意識が通じ合ったような気がした。


【コーヒーは外で歩きながら飲むもんじゃない話】

美術館近くを散歩していて見つけた渋めな喫茶店へ。昼間なのにかなり暗い店内、マスターも無口で、店内BGMなど無く振り子時計の音だけが鳴っている。俺も息子も無口なもんだから、そりゃもう静寂 of 静寂。

頼んだコーヒーを淹れながらマスターが言った。「ちょっと余韻を少々いれますね。」砂糖をひとつまみ入れるのが余韻らしい。

その後、店内に女性2人のお客さん。「ここってテイクアウトできますか?」

マスター「うちはそういうのやってないよ。コーヒーは外で歩きながら飲むもんじゃないよ。お店へ入ってくれるなら美味しいコーヒーお出ししますよ。今時、アメリカ式のコーヒーのお店ばかりだから。ちゃんとお店で飲んで欲しいな。どうしますか。」

少し戸惑いながらも入店された。

粋だ。俺はその様子を聞きながらコーヒーをいただいていた。息子はモーニングのトーストをアイスティーと一緒に食べている。砂糖をひとつまみ入れてらっしゃったが混ぜられる様子もなくスプーンも出されないので混ぜずにそのまま飲んでいた。そうすると飲み干す最後に沈殿した砂糖の甘味が感じられて、あぁこれがマスターの言っていた余韻か!となった。コーヒー1杯でこれほどまでにストーリーを感じさせてくれるとは。以前、友人と喫茶店でコーヒーを飲んでいた時に、普段砂糖を使わない友人がこうしたコーヒーは砂糖1本入れた方がうまい、と言っていたのを思い出した。今度からブラックで飲むにしても砂糖を少しいれて沈殿させて飲もうと思った。


【車中泊での息子との話】

1日目は道の駅にて車中泊。初日な事もあり息子はテンションも高くなかなか寝付けずにいた。そしたらお父さんと喋ろうぜ~って言って、普段あまり会えないから小学校の話を聞いてみる。あまり小学校の話はしたがらないんだけど、以前会った時に「学童で仲いい女の子がひとりだけいる。」って聞いてたもんだから最近その子と話してる?などと聞いていた。

「最近は話していないよ。ぼくが急に大きい声出したり、他のみんなからあいつは変なやつ。って言われてから話せなくなった。」と悲しくなる事を聞く。母親にはあまりこういう事言えてないらしい事も。それを聞いて俺なりに伝えたい事を伝えた。

「ぼくは頭でずっと色々な事考えちゃってよくわからんくなったら大きい声出す。そういえばこの前、机に耳当ててずっと聞いていたら教室の音が全部聞こえる事発見したよ。」

なんとなく彼の学校生活を少し想像して、グッときたし、褒められるだけ褒めた。

9.18.2024

雑文集3

モードになる為に本を携帯して読むという話。
音楽を聴くモードになる。
服を着る。モードになる。
それと似たようなモードになるための本、それを携帯して読んでいる日常はその本モードになる。
という意味では、色んなモードになるアイテムがあるが本が一番モードになりやすいと思っている。
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例えばはじめましてくらいの間柄だとして、個人的な趣味全般の話になるとする。「普段どんな音楽聴かれるんですか?」「どんな映画が好きですか?」この質問は昔から答えに困るやつ。みんなそうだろう?
「今、何聴いてるんですか?」「最後に観た映画何ですか?」のほうが好み。なう。まぁ関係性によるか。あくまではじめまして。
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LOOPってか自転車のがいいけど、夜道走るだけの遊び。おもろい気がしてる。割と遠くまで行ってみる。というのが、夜にその街で自転車乗ってる人ってそのエリア住んでる人の特権みたいなとこあるでしょ。一時的にそんな気分になれる気がする。あんまり遠くに行き過ぎたらLOOPだしエリアに乗り捨ててダルかったらタクシー使えばいい。

「実質月曜日」という概念はどういうことか

港町にあるお気に入りの超ローカル銭湯へ。

浴槽のみでサウナや水風呂は無い。

銭湯なのでもちろん洗剤も無い。

トイレも外に行かなきゃ無い。

無い、無い、無い、だけども無いものねだりマインドではなく、これだけだからこそ集中して風呂へ入る事ができる、などの楽しみ方は自分次第なんだよなと風呂へ入りながら考えていた。

という祝日の月曜日。

普段の月曜日は仕事だからさ。最近は俺なりの一週間のルーティンが出来上がりつつある。それをひとまず聞いてほしい。


・土日はできるだけ遊びにピントを合わせる。家事などやんないよ。炊事、洗濯、掃除はまた来週。土曜は仕事の日もあるけどそれでも気持ちは休みみたいなもん。

・月曜日は仕事だろう。帰り途中で1週間分の食材を買わなくてはならない為スーパー。(週末に産直行ってたら野菜は買わんでいい。)そして土日に遊んだ分含めて溜め込んでいた洗濯をしなくてはならない。そんなんしてたらくたびれるから月曜は買うだけにして炊事はやらんことにしている。洗濯したやつを近くのコインランドリーへ乾燥イン。そのまま外食しにいく。

・火、水、木曜日はできるだけ自炊する予定で動いている。最近少しずつ楽しくなってきた。

・木か金には頭を丸めるようにしている。何故かというと週末遊ぶとして人と会うとするなら身だしなみはきちんとしておかないといけない。坊主なりの。これが週末にピントを合わせる方法。俺なりの。

・土日、以下ループ。


こういったルーティンを基本として一週間動いているつもり。んで祝日月曜日明けの火曜日、仕事終わりに職場のIくんと話していた。


今日スーパー行かなあかんから、火曜日ではあるけど実質月曜日だなぁ。

「実質月曜日、パワーワードですね!」

お、いいね、んじゃこれブログに書くわ。

9.03.2024

生ゴミをどうやって捨てるかの話

職場へ新人くんが入ってきた。昼飯の時間、俺と後輩たち3人で計4人。新人くんは一人暮らしをしているらしいから生活の話題を振ってみる。このメンツになると俺が司会進行役だ。

Oくん(新人くん)洗濯は何曜日やってる?
「一日一回やってます!」
凄いね、一人暮らしでそんな洗濯物出る?
「細かくやったほうが楽なもんで。」
生活力あるな!Eくんは?
「僕は2日に1回くらいですね。私服はすぐ洗濯したいから土日着たやつはすぐやります。」
Eくん普段弁当持ってきてるけど晩も毎日作るの?
「金曜は外食と決めてて、土日は彼女と遊ぶんで外食だから月〜木は作りますね。ちなみに藤井さん、自炊する時間とかって決めてますか?つまり15分間とか30分間とか。家帰った時の余り時間によって自炊クオリティ決めてて。」
お!良いね、そういう話めちゃくちゃ面白くなってきた。俺は家帰ったらいつも20時くらいでそこから作るとして特に時間決めてない。生ゴミ問題どうしてる?Oくん洗濯一日一回やってるくらいだからきっちりしてそうだな。
Oくん「自分は生ゴミ用の小袋にまずいれて、そこからゴミ箱へ捨ててます。」
俺と同じ!まぁみんなそうか。
Eくん「僕は小バエ防止用にまず小袋にいれて、そこからもうひとつ小袋へ。最後に一番強めの小袋いれてゴミ箱入れてます。3重です。それ前に彼女に見られて引かれました。」
一同笑
3重はおもろいEくんらしい。一番強めの小袋1枚でええやん。
「小袋1枚だと破けるんすよね。僕、段ボールとかもゴミ箱捨てるんで。」
なるほど、段ボールをできるだけ出さない生活するしかないな。通販やめて店舗受取ばかりにしよう。

こんな話をしていたら昼休みが終わった。
午後からは、今回何も話さなかったIくんと現場同行。
そういやIくんどうしてんの。
「あん時言うの恥ずかしかったんですけど、自分は袋二重で。二重で締める前にお酢を少しいれてゴミ箱入れてます。」
君が1番徹底してるな。

本日の生ゴミをどうやって捨てるかの話、でした。

ストリート・アイスの話

全ての食べ物は時と場所、誰と食べるかでより美味しくなる。

先日、お好み焼き屋さんのテレビで「何でも鑑定団」をやっていた。そう、お好み焼きや、焼きそばを食べるときは「何でも鑑定団」「NHKのど自慢」「吉本新喜劇」が流れているとより美味しくなる。つまり町のお好み焼き屋さんへ行くときは土日の昼間に行くといい。


で、アイスの話。コンビニで買えるアイスでうまいものは何か?確かにハーゲンダッツがうまいのは分かる。しかし、コンビニで買ってそのままストリートで食べるか?ハーゲンダッツを。違うだろう。あれは家で落ち着いて食べるからうまいんだ。となるとストリートで食べるに適したアイスを探究する必要が出てきた。


まずパピコ。今回はメジャーなコーヒー味をイメージ。まず2つに割る。ここでシェアの精神が生まれる。シェア出来るというのはストリートに適している。ではシェアしたとして。よし、パピコの先っぽを折る。まず片手に持った先っぽをねぶる。そこから本体へ移行。となるとパピコのゴミが両手に残る。あれれ、ストリートで食べる上でゴミが残る(しかも2つ、最大4つ)のはとてもよくない。カバンに仕舞おうにもパピコはねぶって食べるアイスなので自分で食べたとはいえ嫌だよなあ。ゆえにパピコは却下。


次にクーリッシュ。そもそもこいつはストリート食いを想定して作られている。食べ終えた後も蓋付きのためゴミをカバンに仕舞うことができる。まぁありだな〜。とはいえクーリッシュにはストリート食いに大事な「シェアの精神」が無い。クーリッシュをシェアするか?かなり仲が良くてもクーリッシュを回し食いするか?と言われればあまりしないだろう。この点はパピコに軍配が上がる。


俺が推したいのはミニストップのソフトクリーム。略してミニスのソフト。オーダーするときはコーンにするべき。ミニスのソフトは何と言ってもスプーンまで食べられる。となるとストリート食いしててもスプーンのゴミを持ち歩く必要も無い。なぜならスプーンも食べられるからだ。さらにスプーン付きということはシェアもしやすい。「シェアの精神」も有りということ!完璧だろう。お近くにミニスがあるときは是非とも思い出してほしい。


で、上記の話をある日、長ったらしく話していた。

そしたら友人Mさんはこう言った。

「だったらチョコモナカジャンボが最強じゃん!」

まずチョコモナカジャンボをコンビニで買うイメージで。袋はコンビニのゴミ箱に捨てておく。当然その時点で食べ終わった後のゴミは出ないことが確定。そしてここからが凄い。なんとチョコモナカジャンボは4等分できる!ストリートで4等分は100点満点でしょ。あ〜、これはMさんに一本取られたな。チョコモナカジャンボの最大の欠点はモナカのクズが散らばること。なので家で食べるとなると必ずゴミ箱の上で食べないといけない。が、しかしここはどこだった?ストリートだろう?

路上へ落ちたモナカのクズは鳩たちの餌となるはずだ。

8.30.2024

金を稼ぐ方法など何だっていいという話:子供へ伝えたいこと

職場の後輩との会話。

今度の休み何するの?「朝モーニング行って近所に新しくできた歯医者行く予定す。」

へ~近くにできたん?「その歯医者みんなギャルらしいっす。」

笑!歯科助手さんがってこと?ってことは先生がギャル好きなんかあ。「でしょうね。」

暇だからそのギャルがなんで歯科助手になろうとなったか、そしていつからギャルになったのか考えようや。まず歯科助手になるにあたって資格というか普通に学校行ってなろうでなれる職業じゃないもんで、じゃぁ大学?専門?みたいなの行こうとなるわけでということは18歳の時点ではそういう職業へ就こうと考えなければならない。その時その子はギャルなのか?大学行ってから志し始めたなら20以降からギャルなのか?もっと前16歳くらいからギャルであってギャルから歯科助手を志し始めたのか?ギャルが先か、歯科助手が先か。「歯科助手なってからギャルなったんちゃいます?」そしたらやっぱその歯医者の先生、相当ギャル好きなんだね。

みたいな話を後輩としていた。そしたら事務の女性が「多分、歯科助手とかになるともっと早いですよ。高校2年生くらいから最近の子みんな進路考えてそこから大学選んだりしてるから。」その女性のお子さんは大学3回生なのでそれこそかなりピンポイントの話題だったっぽい。それを聞いて俺は、みんなそんな高2の時点から将来の事考えてるのか立派だな~、とはいえせっかく何でもできる時なんだからもっと遊んだりすりゃいいのに思うんすよね、そんな進路やら就職の事考えて悩んでる時間いる!?みたいな事を言った。そこからどういう話の流れか忘れたけど「不登校の子もいるしね〜。」とかいう話題になったもんだから、まぁそれもその子が社会に溶け込むの苦手なだけで才能すよ。という話もしていた。


で、前置き終了。ここからが本題。


進路や大学の話をしたときに、じゃぁ自分はと考える。自分の場合は18歳の高校卒業後に京都へ来た。高校時代の話はまたいつか書くとしてとにかく大学やら仕事とかじゃなしになんとなく京都だった。東京ではなかった。もう当時の頭の中は曖昧だけど、広島から東京は距離が遠かった。(広島の親から感じる距離感。)じゃぁ大阪か京都だった。大阪の音楽関係の専門学校を高3の時に受けた事があった。なんか作文?みたいなの送るだけみたいな感じだったけど、マジでゴミだったのでその当時好きだったハンガリーのバンドEktmorfやブラジルのSepulturaについてのみ書いた作文で、しかも当時の担任から相当嫌われていたため推薦状?を書いてもらえなかったらしく(ごめんけどその辺よくわからん)普通に落ちた。だからその当時は大阪は諦めたんだろう。父親が京都の立命館大なので学生の間は京都住んでいたからなのか、なんか知らんが京都なら安心感があったらしく、高校の時の友人(同じくフリーターとして)も京都行くとかだったので京都にした。

そこからフリーター生活。で、転々として今の職場。今の職場はもう15年ほどになる。転々としてた時のこともいつか思い出しながら書くとして。こんなことはまぁよい。

今年、自分は離婚した。子供は8歳。子供が18歳になったときの事を今考える必要などないけど想像して楽しむ事はする。子供は元妻と一緒に住んでいる。ありがたいことに今は月1頻度で遊ばせてもらっている。で、息子がいつまで遊んでくれるかはわからないけど、とにかく息子に伝えたいこととして。上で事務員さんとの会話の中であった「不登校」の話。息子はどちらかといえば学校に馴染みにくいタイプである。俺もそうだったし、元妻もそうだったみたいだし、まぁそりゃそうなるだろう。馴染みにくいかつ離婚きっかけに転校したもんだから余計にだろうから、申し訳ないとは思っている。とはいえ学校生活に馴染みにくいのはそりゃもうどうしようもないわけ。それが本人の素質だ。親が手出し不要だと思っている。不登校になったらなったで孤独な時間が増える。その孤独な時間をどう使うか。その子次第。だけど、そこの部分は親が教えてやる事ができる。学校に仲良い友達がいない、など。そりゃ寂しいけども、息子いわく「学童で仲良い女の子の友達ひとりいる」と言っていたし、仲良い男の友達と仲良い女の友達ひとりいれば充分なんだよとその時は伝えた。これは伝えたいとても大事な事なので何度も伝えたい。で、仮に息子が今後学校へ行きにくくなったとする。18くらいまで行きにくくなったとする。ここからは妄想だけどさ。息子には街へ出てほしい。大学へ行きたいと本人がいうなら行けばよいけど、18まで学校ほぼ行ってない、自分は半分くらいは行ってたけどまぁボンクラだったので条件同じだ。んじゃ大学じゃなくて仕事するしかない。仕事するなら街へ出て仕事やればいい。おそらくその頃も自分は京都へ住んでいる。家賃しんどいなら俺としばらく住めば良い。稼ぐ方法なんて、18までしっかり学校いって大学いって就活して、以外の方法なんて沢山あるし、むしろそのルートしか無いと視野を狭めている子ばっかりだ。そんな事は無いよ、俺がそうだから。街へ出ていろんなもん見て人と出会って、そしたら仕事あるし仕事で金稼いで生活しながら遊びまくってまた人と出会って。やりたい事増えていけばいい。まだこれは伝えられてない。今から徐々に伝えていければいいと思っている。なんでも良いんだよ金稼ぐ方法なんてもんは。今を生きる事が一番重要。

俺から子供へ伝えたいこと、忘れっぽいので頭ん中そのまま書いた。

8.29.2024

雑文集2

 職場の会話(聞こえてくるだけ)、やれ「NISAが」とか「台風が」の話題ばかり。「NISA」についてはまた今度書くとして。今回は台風というか気候というか、芸能というか、世間の話題一般の話で思うことだけど。最近特に「台風がこういう動きしてくるらしい」や「地震がいついつヤバいらしい」など、らしいが多くて。で、そのらしいのソースがNHKみたいなのならまぁまだしも。それYouTubeやSNSからだったりしないか。所謂デマ憶測がもう常に蔓延っているし、それを疑いもせず当然かのように飲み込み日常会話に入れていく人々。そのデマ憶測に煽られ不安になる人々。足の引っ張り合いのようにも見えるし、それを引いて見てしまっている自分がどんどん浮世離れしていくのも感じる。スマホ時代からインターネットが世に普及しまくり、今までのインターネット人間だった層の居場所が無くなりつつあるのか、それとも俺が天邪鬼なだけなのか。たぶんそうだろう笑 遂に俺達のインターネットもマッチョでスノッブな奴等に支配されてしまった。

つーか、台風のせいなのか雨のせいなのかしらんけど、2日連続で寝坊した。ぎゃー。なんかアラーム聞こえなくなるんだよこういう日。昔から。シャワーを会社で浴びる日々。

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街遊びは平日がいい。週末はできるだけ遠くへ出かけたい。週末の街はそりゃ賑やかなんだけど、どことなく群れ感が漂う。苦手な人らが増える日。平日の夜って孤独な人間がコソコソ遊んでる風で心地良い。だから週末もコソコソしようとすると遠出がよいとなる。車で色んなところへコソコソ遊びに行きたいといつも思っている。

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フィルムで撮るとその瞬間瞬間が写ってると感じるしよい。

「選んでへんからね。」と仲良い友人が言っていた。そこに選ぶという人の意志や意図が感じないからよいと感じるのかも。

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先週末のDoltzさん@UpsideDown圧倒的だった。

今年は何度かレイヴの屋外で観たけど、今までのアクトで1番感じました。ありがとうございました。


8.22.2024

ROBO ZOMBIE

SNS上で見ず知らずの他人からコメントを頂戴する話。
例えばInstagramへ投稿したときにフォロー外の他人からコメントを頂く時があると思う。自分はごく一般的な個人アカウントでしかないがそれでもネットの海へ放流している投稿のためか、たまに腐すようなコメントを頂戴する時もある。
ここからが本題。何故、そのような人達は見ず知らずの他人の投稿へ腐すような(もっと酷い人格否定のような場合も)コメントをするのか。「しょーもな、きしょ!」でブロックして終わらせることもできるが、それじゃ面白くないからそいつらの事を少し分析していく。

そのような人達(以下、腐ったゾンビ)は自分以外の全てのアカウントをAI(ロボット)が投稿したものだと思い込んでいる。腐ったゾンビは相手がロボットだと思い込んでいる、ゆえに見ず知らずの他人への投稿へ挨拶も無しに言いたい事をそのまま伝えてくる。なんて無礼なやつだろう。現実世界でそれができるのかい?企業アカウントや著名人アカウントへの無礼なコメントもどうかと思うがそれなりに理解はしようと思う。がしかし、どうみたって個人アカウントへ腐ったゾンビ共は無礼なコメントを書き込んでくる。相手は全てロボット、感情を持たないと思い込んでいる。俺達はネットニュースなのか?人間である。これは現代病だ。国道沿いにあるチェーン店へ行ってみるといい。注文は全てタッチパネル、配膳はロボット、支払いも対人無し。車の運転は自動運転が当たり前。コンビニ店員さんは人ではなくロボットなのか?その店員さんがいるから俺達は買い物ができるんじゃないのかい。そうして対人コミュニケーションの欠落社会によって産まれた奴等が腐ったゾンビ共である。

腐ったゾンビが他人のアカウントにコメントする時、腐ったゾンビが期待していることがある。腐ったゾンビは相手がロボットだと思い込んでいるのにも関わらず、相手のこころを揺さぶり感情を出して来る事を期待している。腐ったゾンビは感情を持たないはずのロボットから感情を出させようとコントロールしてくる。醜悪の極み。しかし俺達はこいつらに対しての対抗手段がある。

それは腐ったゾンビよりゾンビになる事である。奴等より頭をバグらせる。そうすると奴等は怯む。「げ、何こいつ。関わるとやべぇ。」と思わせる。そして腐ったゾンビがやってきても、自分のこころの水面を波打たないよう、できるだけこちらがロボットになってやる。腐ったゾンビは俺達のことをそもそもロボットだと思い込んでいるわけだし、じゃぁロボットを演じてやる。できるだけバグってるロボットになってやろう。ロボ・ゾンビになれ!
ロブ・ゾンビみたいだな。

では、こころの水面を波打たないロボ・ゾンビになるためには?キーワードは「バランス」だ。これはまた後日書く予。

VISION CONTROL

引越ししてから数ヶ月。

平日出勤の時にエレベーター前でよく会うマダム。最初は挨拶くらいだったけど、少しずつ打ち解けていき今ではエレベーターが1Fで停まるまで話す仲になった。今日は「最近カメムシまた増えたね、この子ら小さいわねぇ。まだ子供かな。」とまさかカメムシに対してそんな優しい目線をお持ちなのか!となった。団地内の同フロアで軽く話す仲なのは3〜4名ほど。意識してやってるわけじゃないがこれは自衛にもなる。集合住宅でのトラブルなんてものは「顔が見えない相手」だからこその苛つきから生まれる事が多いと分かっている。日々の生活での他人への苛つきなんてほぼそうだろう。車が1番分かりやすい。ゆえに会ったときは挨拶、感じが合うなら少し会話など、するだけで快適に過ごす事ができるし、シンプルに気持ちが良いものだ。

そしてこの自衛をする為に大事なのは「自分や今の状況、相手との関係性などを、俯瞰して見ること。」だろう。これにはそれなりに修行がいる。これは自衛にもなるが、何より日々の生活が豊かに感じ取れるようになる。例えば飯を作り食べている自分を俯瞰してみる。どうだASMRを使ったYouTuberになった気分になるだろう。そしてそれを俯瞰しているからこそ自身のYouTube動画を自分が見て楽しんでいる状態になれる。そうすると飯が当然うまく楽しく感じる。というわけ。子供の頃から割とこれはできていた。テレビゲームで遊んでいる時めちゃくちゃ上手くいってて脳汁出ている状態のとき、あの時の俺は「ゲーセンでめちゃくちゃ注目されてみんなから応援されているやつ。もしくはTVチャンピオンのゲーム王みたいな存在。」になれていた。

8.20.2024

雑文集

 最近思いついた雑文集
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対面や電話なんかより文章での会話のほうが脳だけを使ったピュアな会話になりうるんじゃないかなあ。見た目もなにも関係無い。脳と脊髄だけマンと脳と脊髄だけマンが会話してるSFチックなイメージあるじゃん、あれ。
会ってないから会話ではないか。
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中華丼のうずらの玉子がいちばんうめえ。
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独りで思考を廻らしていくと世界に対しメタ認知的となるが、人と関わっている時はその相手との関係だけが全てという具合にとても狭い認知となる。
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「今週も月から金までいろいろあったなぁ〜。」って思いだす週末を毎週作っていこう、くらいの間近な目線だけでよい。もしくは1ヶ月、MAX半年。数年先は何も分からないから。
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子供たちにはできるだけ長く子供のままでいてほしいと願う。子供が身体的精神的に成長(大人になるというのか?本当に?)の競争をしているような世間の様子って、嫌いなんだよな。



Many Classic Moments

以前に書いていたメインのブログ<リンク>から、こちらをメインにしていきます。理由はLivedoor Blogがいつまであるかわからないため。こっちはGoogleだからね。長い物には巻かれていくスタイル。というわけじゃないけど。広告も無いしね。
以前のBlog「黒ログオリジナル」は投稿見ると2005年に書き始めていた。約20年前。もともとはホームページビルダーで「黒村」っていう掲示板やチャット部屋だけ置いてるようなまさに中学生が作りそうな個人HPを中学生のとき作って。そのブログだから「黒ログ」って名前にして、ネット上でBlogブームがきて名前被ってるBlog発見したからオリジナルって付けて。「黒ログオリジナル」みたいな。これぞまさに黒歴史。隠してないけど。まぁそんなこといいか。このBlog「黒村海溝」は黒ログオリジナルと並行して、当時買ったもの観たものなんかのメモ代わりに使おうかなと開設した。「黒村海溝」って名前の由来は「日本海溝」から。インターネットアングラサイトと言えば、っていう。知ってる人いたら握手。これを機にBlogタイトル変えてもいいんだけど、まあいいかでそのままいきます。
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久しぶりにBlog書いてるからもうちょい書いていく。文章を書くのは好きだ。得意ではないし、構成も下手くそというか特に勉強して書いているわけでもないので、頭で流れていることをそのまま書いているだけだから。TwitterはXになったくらいから見るのも書くのもやめてしまった。疲れた、とかじゃなくて広告多くて見にくくてさ。フォローしている人だけみたいんだよ俺は。Instagramも同じこと言える。けどインスタの更新はしてる。自身の記録になるから。またここらへんも細かく書いていきたい。Blogは好き勝手書けるからよい。インターネット最深部の雑記。(と勝手に思ってる。)
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また近々、思いついた事など。書いていく。
いつもありがとうございます。
最近聴いて好きだったやつ。完全に念仏。

7.13.2024

夜明けのすべて

ボーはおそれている

悪は存在しない


悪は存在しない@出町座

このBlogひさびさに再開していきます。

感覚が研ぎ澄まされていく素晴らしい作品。